1. HOME
  2. 難病・希少疾患ニュース
  3. 自分と出会う人が「気づき」を得る場所を作りたい。鈴木隼人さん|スティッフパーソン病

自分と出会う人が「気づき」を得る場所を作りたい。鈴木隼人さん|スティッフパーソン病

鈴木隼人さん|スティッフパーソン病

今回は徐々に全身の筋肉が動かしづらくなる100万人に1人の疾患・スティッフパーソン症候群を28歳で診断。現在マーケッター・Webライターとして活躍している、鈴木隼人さんを取材させて頂きました。

これまでの経緯

  • 2004年 全身の脱力感から違和感を感じ受診すると、重症筋無力症と診断される
  • 2015年 貧血の症状が収まらず血液検査した結果、巨赤芽球性貧血と診断される
  • 2017年 息切れが激しく起き上がるのも厳しくなり、バセドウ病と診断される
  • 2021年 三年間足にかかえていた違和感の正体がスティッフパーソン病であることが診断で判明。歩行困難で車椅子生活に

自己紹介

はじめまして、鈴木隼人です。

28歳の時に、スティッフパーソン病(Stiff-person syndrome:SPS)と診断され、現在は車いすを利用しています。体調の変化もあるため、在宅ワークを中心にマーケッターやWebライターとして活動しています。

小さい頃から運動が大好きで、陸上・空手・バドミントン、弓道とさまざまなスポーツを活発に行っていました。しかし、小学5年生の時に左眼球の異変に親が気づき病院に行った。検査をしたところ、重症筋無力症(MG)と診断されました。

主治医からは、過度な運動を行わないようにとドクターストップを通告され、スポーツ人生はそこで引退。

私がスティッフパーソン病であると診断されたのは、社会人になった後のことでした。

悪性貧血と診断される学生時代

重症筋無力症と診断されスポーツを引退後は、自分の体でできることを探し、真面目に勉強を始めました。高校に入学する頃には、治療を繰り返していた影響もあり、重症筋無力症の症状は回復。同時に運動能力も回復し、弓道部で活動することができました。運動もできるようになり、友人と遊びながら高校時代を謳歌していましたね。

大学受験は失敗し、滑り止めで入った大学で必死に有機化学の研究に没頭。その後、大学院まで進学し、研究に取り組む毎日を送っていましたね。

研究に没頭する一方で、体調は再度悪化することに。大学2年生のときに、悪性貧血(巨赤芽球性貧血)が原因で入院することになりました。血液検査で赤血球・白血球が通常の1/3になっていることが判明したんです。

その1年後、再度倒れ、今度はバセドウ病と診断されました。このときくらいから、新しい病名を診断されたり、病気のために生活スタイルを変えたりすることに徐々に慣れていきましたね。

在学中に倒れることもありましたが、無事卒業。学生時代に学んだことを活かし、液晶パネルの研究・開発を行う会社に就職することができました。

液晶パネルの研究職をしていた頃、「稼ぎたい・営業職をしてみたい」という気持ちが生まれ、約1年で研究職を退職。その後は、営業職やマーケティングなどさまざまな職種に転職しました。自分の体調に合わせながら、あらゆる職業に挑戦し続けていましたね。

本当に、多くのことに挑戦していた時期だったと思います。

スティッフパーソン病と診断される

スティッフパーソン症候群の症状が現れたのは、会社の帰り道でした。横断歩道で急に足が動かなくなり倒れてしまったんですね。その日は朝から体調が悪かったため、ただの風邪かと思いつつも、体の違和感が拭いきれずに複数の病院を転々としました。しかし、どの病院に行っても、風邪もしくはインフルエンザ・精神面から引き起こされている症状なのではないか、と診断されるだけでした。

しかし、その日を境に、体が動かしづらいと感じる日が徐々に増えていきました。環境やその日の体調・気分で体の動かしづらさが変わるため、やはり精神疾患なのではないか?と自身でも考え始めた矢先でした。

急に横断歩道で足が止まったり、飲み会のときだけ座っているのが辛くなったり。どうしたものかと思えば、家では自由に動けるようになる不思議なことが体で起こっている。体調が悪いときは、寝たきりのように動けなくなることもありましたし、大きな音に驚いて、びくっとしやすくなったり。

自分の症状を口で説明することも難しく、治し方もわからなければ理解してくれる人もいない。「ちょっとだけ腰が悪いんだ」と、自身の体調・症状をごまかしながらの生活が続きました。

それでも体調不良があまりにも長く続いたので、自分の症状と当てはまりそうな疾患をリストアップし、その疾患に詳しい病院で診察を受けていきました。3年ほどがたち、6つ目の病院でようやく「スティッフパーソン症候群」と診断されましたね。

幼少期から、いろいろな病気を診断されてきたので、スティッフパーソン症候群の診断をされたときも、あまり驚かなかったような覚えがあります。珍しい病気であったため、病気のこと・今後どうなるのかなど、情報を知りたくても探すことが大変でした。また同じスティッフパーソン病の方を探すことも大変でしたね。

病気が私に教えてくれたこと

車椅子を頻繁に使用する生活を送るようになり、障害によって制限が増えていくことを体感しました。活動に制限が加わることも悩みましたが、周囲にスティッフパーソン病の症状が理解されにくいことも、悩みの種でした。これは今も感じていますね。やはり、その日によって体調や症状が異なるので、「今日は良いけど、明日はちょっとだめ」とか。周りから見たら、「怠けているのではないか」と見られることも感じます。

「動けないわけではないけれど、動こうとすると動けない」そんな場面が数多くあるんです。家の中は歩ける、でも横断歩道は渡れない。1人で立って料理はできる、でも立ち話はできない。

ささいなストレスや環境の変化で症状が変わるので、自分自身の身体を自分で理解することに時間がかかりました。そんな経験から、説明しにくいことをストレートに人に相談したり、頼ったりすることが上手になったと思います。

また、ポジティブな性格から「制限されている分できる今できることが限られているのだから、今できることを一生懸命やろう」と考えるようになりました。

スティッフパーソン病の理解を深めたい

昨年、私にとって衝撃的なニュースがありました。

映画『タイタニック』で主題歌を務めたセリーヌ・ディオンさんが、スティッフパーソン病であることを公表したニュースです。

歌手セリーヌ・ディオンさん、難病「スティッフパーソン症候群」告白

スティッフパーソン症候群は、100万人に1人の病気とされ、日本での患者数は数十名程度とされています。この病気は、全身の筋肉に徐々に硬くなっていく症状が現れる自己免疫疾患の一種です。症状が現れる箇所はさまざまで、足だけに症状が出る人もいれば、手・体幹・喉など他の部分的に症状がでる方もいるため、症状は千差万別です。

私自身が体感していることは、この病気を知らない人はもちろんのこと、この病気を知らない医師が数多くいるということです。当事者の方のコミュニティ内でも、「そんな病気は聞いたことがない」という反応を見せる医師も少なくありません。一般的に、身体の筋肉が硬くなり、痙攣するような症状となると、パーキンソン病・ジストニア症候群・筋萎縮性側索硬化症(ALS)などといった見解をもつ医師が多いです。医師も知らない病気、それだけ珍しい病気なのです。

おそらく、世界的に影響力のあるセリーヌ・ディオンさんのスティッフパーソン症候群の公表したことにより、初めて世界中の多くの方がこの病気について、耳にしたことになったのではないかと思います。

この病気の症状が悪化すると、歩行機能・嚥下(えんげ)・発声が難しくなったりと生活に影響がでる病気です。セリーヌ・ディオンさんの場合は、歌手なので声帯あたりの症状が出ることにより、今後の歌手生活に影響が及ぼされる可能性があります。

スティッフパーソン病だけでなく、世界には医師も知らないようなさまざまな病気があります。私はライターとしても活動しているので、病気を知るきっかけを、多様な角度から伝えられるようになっていけると良いと思いますね。

体の筋肉が硬くなるだけじゃない、人により症状は千差万別

スティッフパーソン病は患者数も少ないため、研究が進み論文も読まれていますが、未だ確実な診断方法は確立されていないとされています。

この病気では自己免疫疾患のほか、偽性広場恐怖症を併発することが多いのも特徴的です。

偽性広場恐怖症は、「広い空間に出ると体が萎縮して動けなくなる・動悸が激しくなる」といった症状です。症状が出現すると同時に、不安感を伴う場合もあります。

この症状の場合、「心理的に制限をされる空間」すべてを指します。人混みや電車・スーパーの列・階段などの逃げられない場所において、「一定時間ここにいることが強制されている」「ここで症状がでたら大変・不安」このような気持ちが湧いてくることがあります。そういった心理的不安感が増す箇所、すべてで症状が悪化する可能性があります。

私自身もこの偽性広場恐怖症に悩んだ時期もありました。私の場合は自宅の中でさえ、人からの目線があるかどうかが気になり、症状が出現することがあります。

また、スティッフパーソン症候群の特徴のひとつに「外部刺激に過敏になる」といった症状があります。私の場合、大きな音に過度に驚いたり、急に話しかけられて跳ね上がったりします。

また、注射のような痛みを伴う刺激に対して、過敏に症状が誘発される場合があります。そのため「看護師の理解がないと点滴や採血が難しい」という当事者の声を聞くこともあります。

今後の目標

私は、病気というものを手にして、周りからは少し特別に見られるようになりました。

病気は受け入れていますが、決して特別な人間ではありません。

病気をきっかけにたくさんの学びを得られた普通の人間です。

もし、障害を持っている方は、障害をきっかけに自分の可能性に気づき、「出来ること」を見つけ、職業の幅・お金の稼ぎ方を知って欲しいと思います。

そうでない方には、この記事を読んで、「そんな人もいるんだ。」と、人生の学びの機会になって頂けたら幸いです。

そのようなきっかけを、障害の有無に関わらず、出会う人全員が気づきを得る環境・情報発信の場所を今後も作っていきたいと考えています。

ひょっとしたら、当事者だから気付けるリハビリや治し方なんかも見つけられるかもしれません。

当面の目標は「障害を持ったお金持ち」ですね。もしくは「初めて障害を克服したすごい人」。

これからの人生が楽しみです!

関連記事