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乗り越えられない試練は与えられない〜幾度の手術を乗り越えて〜

18歳の時に脳動静脈瘻が見つかりオスラー病(難病)と診断されました。当初、めまいの頻度が多くなっていたので、病院を受診したのがきっかけです。その後5年間で8回塞栓術をし、1回開頭手術をしました。
この度、RareSサイトに自分の闘病記録を載せて頂けるということで、少しでも多くの方々の励みになれば嬉しいです。この病気の経験から自分自身の感情の変化、考え方の変化をお伝えできればと思います。

1.まさか自分が病気だなんて2.リハビリと意識の変化3.読者へのメッセージ

1.まさか自分が病気だなんて

僕は人生で入院したこともなく元気なスポーツ少年だったので、病気が見つかった時はとてもショックで何故自分が病気なのか、と受け入れることができませんでした。一体この先どうなってしまうのだろうとすごく悩みました。当時、浪人生だったこともあり元気に大学に通っている友人と比較して落ち込んだり、自分の運命を恨んだりもしました。そのようにして始まった闘病生活でしたが、本当にたくさんの方々の支えがあり、少しずつ前向きに捉えることができるようになっていきました。医師や看護師さんは若い僕に対して、気さくで優しく接してくださり、とても嬉しかったです。また入院中には、病院の中を散歩したりして、気を紛らわす工夫もしました。大阪の病院へ行った時には、帰りに京都で途中下車し、観光したことも良い思い出です。このようにして闘病中も楽しみを見つけつつ、前向きに頑張ることができました。

2.リハビリと意識の変化

闘病生活の中で一番大変だったのは、9回目の開頭手術です。15時間にも及ぶ大手術でした。手術後は後遺症で立ち上がることや歩くことができず、ずっと車椅子で生活していました。少し重心を動かすだけでも気持ち悪くなってしまい、食べた物を嘔吐してしまう状態が続きました。就寝前には、次の日の朝に全てが治っていたらどんなに良いだろう、というような期待を抱きましたが、翌朝には何も変わっていない現実に絶望した事もありました。そんな中でも嬉しかったのは、大学の友達や教授がお見舞いに来てくれたことです。入院中に塞ぎ込んでいた僕は、人の温かみをいつも以上に感じることができ、そのおかげでリハビリをコツコツこなすことができました。すると、できなかったことが少しずつできるようになっていき、とても感動したのを覚えています。その後リハビリ専門病院で、歩行訓練などを重ねました。それまでは、こんな病気にかかって苦しまなきゃいけないのは何故だろうと考えていましたが、生かされていることに感謝だなと思えるようになりました。そして普段の何気ない日々がどれほど幸せであるか、に気付くことができたのは本当に良かったです。今では後遺症は何もなく、元気に過ごしております。

開頭手術後(左)と歩行の為のリハビリ(右)

3.読者へのメッセージ

病気を通して感謝する心や、人を思いやる心が育まれていきました。闘病経験ではたくさん落ち込んだりしましたが、この経験を通して前向きに考えることができるように変わっていったと思います。病気が治ってからが自分の人生ではなく闘病中の日々も大切な人生だということに気付かされました。どんなに具合の悪い日も楽しめる事を探し、工夫して過ごすことが大切だと思います。外部的な状況は変わらなくても、自分がそのような意識を持つだけで目の前の世界が変わっていくのだなと実感しています。今思うと、闘病期間は病気という目の前の変えることのできない現実をどう捉えるかの訓練だったと思っています。それは1人では不可能であり、医療関係者の皆さんや家族、友人、予備校の先生や大学の教授らの支えがあったからこそだと思っています。この場を借りて感謝したいです。今後は自身の闘病の経験を発信していくことで少しでも誰かの役に立てたらと思っております。ここまで読んで頂きありがとうございました。

現在の趣味の筋トレ(左)とゴスペル(右)

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