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命の危機を乗り越えて。母として歩む日々|たみさん:総動脈幹遺残症(PTA)

生まれてすぐに命の危機に直面した娘と、そのそばで支え続けてきた母・たみさん。重い先天性心疾患である総動脈幹遺残症(PTA)とともに生きる日々は、決して平坦ではありません。それでも、前を向きながら一歩ずつ進んできた家族の物語です。

これまでの経緯

  • 胎児診断 総動脈幹遺残症(PTA)判明
  • 生後5分 気管挿管 ICU管理
  • 生後2日 初めての手術 肺動脈絞扼術
  • 生後17日 Norwood手術+総動脈幹弁修復術+右室流出路形成術
  • 生後19日 手術の影響で広範囲脳梗塞判明
  • 生後1ヶ月3日 術後縦隔炎発症し、開胸手術。縦隔炎から敗血症になる
  • 生後2ヶ月2日 胸水がとまらずリンパ管手術
  • 生後2ヶ月12日 気管切開
  • 1歳2ヶ月 不整脈・徐脈に対してペースメーカー植え込み術
  • 1歳10ヶ月 総動脈幹弁形成術+心室中隔欠損閉鎖+ラステリ手術
  • 3歳(現在) 後遺症(脳梗塞・呼吸器障害)を抱えながら在宅生活

病気の詳細

総動脈幹遺残症(Persistent Truncus Arteriosus:PTA)とは、生まれつき心臓の構造に異常があり、本来2本に分かれているはずの血管(大動脈と肺動脈)が1本のままになっている病気です。

心臓から送り出される血液の流れがうまく分かれないため、全身と肺の両方に負担がかかり、重い心不全を引き起こします。

この病気は非常にまれで、およそ1万人に1人といわれています。

その中でもさらに重いタイプがあり、娘はその重度のケースに当てはまります。

血液の逆流の程度によって重症度が変わり、適切な血流を作るためには高度で複雑な手術が必要になります。

治療の中心は手術で、心臓の構造を整え、血液の流れを正常に近づけることを目指します。

ただし一度で終わるものではなく、成長に合わせて再手術が必要になることも多く、長期的な医療管理が欠かせません。

病気での生活の具体例

正直に言うと、生まれてからしばらくは、「生活」という言葉すら遠いものでした。

娘はずっとICUにいて、管や機械に囲まれた状態でした。

私の中では、「今日を生き延びること」がすべてで、先のことを考える余裕なんてありませんでした。

今は自宅で過ごせるようになりましたが、人工呼吸器が必要な状態です。

それでも、外に出ることはできます。

機械をつけたままでも移動はできるので、できる範囲でいろんな景色を見せてあげたいと思っています。

親として、「普通の経験」を全部させてあげるのは難しいですが、その中でも娘なりの世界を広げていきたいと考えています。

一方で、後遺症も大きく、脳梗塞の影響で発達面にも課題があります。

感染症や呼吸の問題もあり、常に体調の変化に気を配らないといけません。

それでも、「できないこと」ばかりに目を向けるのではなく、「今できること」を大事にするようになりました。

生活の様子

私は特別に、「覚悟を決めた」という瞬間があったわけではありません。

ただ目の前のことを必死に乗り越えてきただけなんです。

気づいたらここまで来ていました。

上の子どもたちの保育園や入園式、入学準備なども同時に進んでいて、本当に毎日がバタバタでした。

娘の命の危機と、きょうだいたちの成長イベントが同時に進んでいく感覚は、まるで別の2つの世界にいるようでした。

でも実際は涙を流す時間もなく、とにかくやるしかない日々でした。

また、医療費については国の制度やソーシャルワーカーさんのサポートがあり、想像していたほどの負担ではありませんでした。

しかし、その一方で申請や更新の手続きはとても多く、時間も手間もかかります。

この大変さはなかなか外には伝わりにくいと感じています。

そして何より感じているのは、「話せる相手の少なさ」です。

同じ病院には同じような状況の親御さんがたくさんいますが、お互いに余裕がなく、なかなか会話にはなりません。

子どもの命がかかっている中で、気軽に話すことは難しいんです。

心理士さんもいますが、本音を全部話せるかというと、そうでもありません。

つい、「大丈夫です」と言ってしまうことも多いです。

本当は、「今ICUのベッドの上で緊急手術をして、髪も身体も血だらけなんです」と言えるような、同じ経験をした人と話せる場があればいいのに、と何度も思いました。

今後の目標

今はようやく少し落ち着いてきて、「これから」のことを考えられるようになりました。

学校のことや、これからどんな生活ができるのか、少しずつ視野が広がってきています。

私は、決してポジティブな性格ではありません。

落ち込むことも多いです。

でも、娘の未来を見たいという気持ちと、さまざまな人の協力に支えられ、日々前向きに看護を続けられる環境があったから、ここまでやってこれたのだと思います。

これからも無理はせず、でも諦めずに、娘と一緒に歩んでいきたいです。

そして、同じような状況にいる親御さんたちが、少しでも誰かとつながれるような環境が広がってほしいと願っています。

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