一歩ずつ、自分のペースで前へ|吉田志穂美:抗リン脂質抗体症候群(APS)・リベド血管炎

高校1年生の秋、10月ごろ。足の裏と甲に現れた“あざ”。それが、吉田志穂美さんの長く、そして前向きな闘病生活の始まりでした。今もなお、病気とともに歩む彼女は、「それでも前に進む」と語ります。
これまでの経緯
- 2009年 高校1年、16歳の秋ごろに足の甲と裏にあざが現れる。
- 同年 皮膚科を受診し、リベド血管炎と診断される。後に抗リン脂質抗体症候群(APS)と判明。
- 2023年 脊髄梗塞を発症し、回復。その後、ドライバーの仕事を始める。
- 2025年 くも膜下出血を発症しバイパス術、その後右目が全盲に。左目も視力が低下。
病気について
私が最初に「異変」に気づいたのは、高校1年生の秋。
突然、足の裏と甲に青黒いあざが現れて、「なんだろう?」と不安になり、皮膚科を受診しました。
医師からは「これは大変だ」とすぐに大学病院への紹介が決まり、詳しく検査を受けました。
診断されたのは「リベド血管炎」。
これは皮膚の細い血管に炎症が起き、血流が悪くなることで皮膚に網目状のあざや潰瘍ができる病気です。
さらに調べていくうちに、血栓ができやすくなる「抗リン脂質抗体症候群(APS)」という自己免疫疾患であることもわかりました。
これは血液が異常に固まりやすくなる病気で、動脈や静脈に血栓ができるリスクが高まり、重篤な合併症を引き起こすこともあります。
この病気の厄介なところは、変色だけならまだ痛みはないのですが、それが悪化して「皮膚潰瘍」と呼ばれる状態になると、皮膚がえぐれたようになり、激しい痛みに襲われるのです。
病気での生活
体育は全面的に禁止されました。
それまで私は空手やスイミングスクールに通っていて、体を動かすことが大好きだったのに、突然すべてができなくなったんです。
座っているだけでも同じ姿勢を続けると血流が悪くなって、潰瘍ができてしまう。
その潰瘍がとても痛くて、じっとしていることさえつらくなりました。
リベド血管炎は再発を繰り返す病気で、少しのケガや異変でも入院になることが多いです。
一度の入院が1〜2ヶ月にも及ぶことがあり、32歳になった今もその生活が続いています。
入退院の合間を縫って、なんとか「普通の生活」を送りたいと努力しています。
仕事の様子
「資格があれば、働き方を変えられるかも」。
そんな思いで、私は看護師の資格取得に挑戦しました。
病気を抱えながらも、死ぬ気で学校に通い、なんとか合格できたんです。
しかし、現実は甘くありませんでした。
看護師として5年間働きましたが、夜勤や体力仕事は体に大きな負担でした。
出血や痛みが頻繁に起き、命を削るような思いで働く日々に、心が折れる音がしました。
その後、アルバイトで自分のペースに合った働き方を模索するようになりました。
数年前には脊髄梗塞を発症しましたが、幸いにも治療とリハビリで回復。
その後にドライバーの仕事を始め、1年ほど働きました。
ところが、その後くも膜下出血を起こしてしまい、バイパス手術で命は助かったものの、右目が全盲に。
さらに、左目の視力も低下してしまいました。
その結果、ドライバーの仕事は続けられなくなってしまいました。
今後の目標
実はこの記事をまとめる中で、母に読んでもらったことがありました。
そのときに「あなたは前向きに見えるけれど、そうじゃない時の苦しさも、もっと伝えたほうがいいんじゃない?」と言われ、はっとしました。
確かに私は、いつも前向きでいられたわけではありません。
この記事を書いてもらうにあたって、無意識のうちに「前向きに見える自分」を強く意識していたのだと思います。
病気になってからは、思うように体が動かず、何かがうまくいきそうなタイミングでも皮膚潰瘍ができてしまい、挑戦の途中で諦めざるを得なかったことが何度もありました。
やりたい仕事を手放さなければならなかった悔しさや、将来が見えなくなって人生に絶望したことも、一度や二度ではありません。
親と感情をぶつけ合うほどの大喧嘩をしたこともありますし、「ここから飛び降りてしまおうか」「もう生きるのをやめてしまいたい」と、そんなことばかり考えてしまう時期もありました。
今でも、気持ちが落ち込み、うつっぽくなって何も手につかない日があります。
それでも、そうしたマイナスな気持ちと向き合いながら、少しずつ前に進んできたのが今の私です。
揺れ動く気持ちや、立ち止まる時間があったからこそ、今の私があるのだと思っています。

くも膜下出血のあと、「人生が止まってしまった」と感じました。
でも、止まることが悪いことばかりじゃない。
「足るを知る」 という友人の言葉が心に響きました。
手が動く、目もまだ片方は見える。やれることは、まだまだあるんです。
今は就労支援に通いながら、自分のペースでパソコン作業を中心とした仕事に挑戦しています。
無理はしないけれど、挑戦はやめない。
これからも、できることを少しずつ積み重ねていくつもりです。
誰かの役に立てることがあれば、なんでもやっていきたいと思っています。
自分の病気と向き合いながらも、前を向き、希望を捨てない。
それが、私のこれからの生き方です。
