僕は寝たきりになる。でも、今がいちばん幸せです。|落水洋介さん:原発性側索硬化症(PLS)

将来は寝たきりになるとわかっていながら、「今が一番幸せ」と語る男性がいます。株式会社PLS代表取締役であり、講演活動も行う落水洋介さん。31歳で難病「原発性側索硬化症(PLS)」を発症しながらも、マイノリティーが生きやすい社会づくりを目指して活動を続けています。本記事では、原発性側索硬化症という病気の解説とともに、落水さんのこれまでの歩みと現在の思いをお届けします。
これまでの経緯
- 2019年頃 転職直後に足のもつれや転倒が増える
- 2020年 医療機関を受診し、原発性側索硬化症(PLS)と診断
原発性側索硬化症(PLS)とはどんな病気か
原発性側索硬化症(Primary Lateral Sclerosis:PLS)は、大脳から脊髄へとつながる運動神経に障害が起こる神経難病です。
脳から「体を動かせ」という指令がうまく伝わらなくなるため、手足のこわばりや歩きづらさ、転びやすさなどが徐々に現れます。
同じ運動ニューロン病の一つに筋萎縮性側索硬化症(ALS)がありますが、原発性側索硬化症(PLS)は進行が比較的ゆるやかとされています。
ただし、現在の医療では根本的な治療法は確立されていません。
意識や思考は、はっきりしているにもかかわらず、時間とともに体の自由が失われ、やがて寝たきりになる可能性がある病気です。
外見からはわかりにくい初期症状も多く、「気のせいかな」と見過ごしてしまうケースもあります。
そのため、早期に専門医へ相談することが大切な病気です。
病気と向き合うまでの葛藤
私は、31歳のときに原発性側索硬化症(PLS)を発症しました。
異変を感じたのは転職した直後です。
歩いているとよくつまずくようになり、「疲れているのかな」と思っていました。
しかし、違和感は次第に強くなり、病院を受診した結果、原発性側索硬化症(PLS)と診断されました。
診断を受けたとき、正直に言って絶望しかありませんでした。
寝たきりになる病気だと聞かされ、頭の中が真っ白になりました。
同時に、これからどうやって家族を養えばいいのかという不安が押し寄せました。
死んで保険金を残した方が家族のためになるのではないか、と本気で考えたこともあります。
発症前、私は尊敬する先輩の会社に誘われ、「この人についていけば将来は安泰だ」と信じていました。
しかし、先輩が病に倒れ、会社経営は不安定になり、給料が出ない月もありました。
家庭でも職場でも居場所を失ったように感じ、「安定」を求めて転職しました。
その矢先の発症でした。
精神的にも肉体的にも強いストレスが続いていたことが、発症の一因だったのではないかと感じています。
「寝たきり=不幸」という思い込みが崩れた瞬間
原発性側索硬化症(PLS) と診断後、同じような病気の人たちがどんな生活をしているのか知りたくなりました。
本や映画、SNSで情報を探し続けました。
すると、障害がありながらも執筆活動や経営をしている人がたくさんいることを知りました。
実際に、筋萎縮性側索硬化症(ALS)で寝たきりの方に会いに行ったことがあります。
その方は人工呼吸器を装着し、視線入力でコミュニケーションを取りながら会社を経営していました。
家族やヘルパーさんと冗談を言い合い、とても楽しそうに働いていたのです。
その姿を見たとき、「寝たきり=不幸」というのは、自分の思い込みだったと気づきました。
体が動かなくなっても、考える力や笑う力、誰かとつながる力は失われない。
未来は、自分の選択次第で変えられるのだと思えました。
私はその日、「明るい未来を自分でつくる」と決めました。
そして、「幸せになる」と決意してから、小さな幸せに気づけるようになりました。
家族と過ごす時間、誰かと笑い合う瞬間、今日も生きているという事実。
今では本気で、「今が一番幸せです」と言えます。
病気とともに生きる日常
現在、私は進行する症状と向き合いながら生活しています。
体のこわばりや動きにくさは年々増していますが、頭ははっきりしています。
そのため、できないことよりも、できることに目を向けるようにしています。
移動や日常生活にはサポートが必要な場面もありますが、周囲の協力を得ながら社会とつながり続けています。
病気があるからこそ、人の優しさや制度の大切さを実感しています。
一方で、必要な福祉制度や支援サービスの情報がなかなか見つからず、苦労した経験もあります。
市役所に相談しても十分な情報が得られず、不安でいっぱいになったこともありました。
その体験が、今の活動につながっています。
株式会社PLS代表としての挑戦
私は現在、株式会社PLSの代表取締役として、シェアオフィスやレンタルスペースの運営を行っています。
また、社会福祉法人の広報にも携わっています。
株式会社PLS :https://ochimizuyousuke.net/
講演活動では、自身の体験や考えを率直に話しています。
私の話が、誰かの勇気になったり、一歩踏み出すきっかけになったりするなら、それは大きな意味があります。
講演の場は、私にとって「生きている証」を残せる場所でもあります。
病気を抱えながらも働き続ける姿を見てもらうことで、「障害者だからできない」という固定観念を少しでも変えたいと思っています。
情報が集まる社会を目指して
発症当時、私は必要な情報を探しても見つけられず、とても苦しみました。
その経験から、医療や福祉の情報が集まる“基地局”のような場所をつくりたいと考えています。
困っている人が迷わずに必要な支援へたどり着ける社会にしたい。
私と同じように、情報がなくて孤独を感じる人を一人でも減らしたいのです。
目指す未来は「マイノリティーが生きやすい社会」
私の最終的な目標は、マイノリティーが当たり前に尊重される社会をつくることです。
生きづらさを感じている人、将来に不安を抱えている人、笑顔になれない人が、少しでも希望を持てる社会にしたいと思っています。
寝たきりになる未来は変えられないかもしれません。
でも、その中でどう生きるかは自分で選べます。
私はこれからも、原発性側索硬化症(PLS)とともに歩みながら、「今が一番幸せ」と言い続けられる人生をつくっていきます。
そして、同じように悩む誰かに、「未来は変えられる」と伝えていきたいと思います。
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