アルナイラム社・メディアセミナーに参加し学んできました~トランスサイレチン型心アミロイドーシスについて~
2025年7月15日、Alnylam Japan株式会社(アルナイラム社)主催のメディアセミナーに参加してきました。
このセミナーは、同年6月24日にトランスサイレチン型心アミロイドーシス治療薬として追加適応の承認をされた「アムヴトラ」の説明とトランスサイレチン型心アミロイドーシスの疾患啓発を目的として行われました。
「アムヴトラ」は、2022年9月にトランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチーの治療薬として、「オンパットロ」(Alnylam社)に次いで2製品目の治療薬です。「アムヴトラ」は、2製品目の治療薬として成人患者さんに投与可能な皮下注射として開発・承認されました。
「オンパットロ」と「アムヴトラ」の主な違いは、点滴静注と皮下注の違いと、投与間隔の違いになります。両治療薬とも肝臓の細胞内で作られるトランスサイレチン(TTR)と呼ばれるタンパク質の産生を抑えるRNAiと呼ばれる新技術を用いた治療薬です。
TTRは、体内にビタミンA、甲状腺ホルモンを届ける大切なタンパク質です。しかし、遺伝的、高齢化などの要因で正しいTTRが作れないと、肝臓の外に出てからバラバラに壊れてしまい、この壊れた異常タンパク質(アミロイド)が集まってアミロイド繊維と呼ばれる塊になって体内をめぐり、さまざまな神経組織に沈着し、体に不具合を起こすトランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチーやこの異常なたんぱく質が心臓に付着し心不全の一因となるトランスサイレチン型心アミロイドーシスと呼ばれる疾患となります。
本セミナーでは、岡田裕社長によるAlnylam社の新薬開発パイプラインの紹介、同社メディカルアフェアーズ部長 宇野希世子博士による本剤の作用機序の詳しい説明、高知大学医学部 老年病・循環器内科 北岡裕章教授による病態の解説と本剤の臨床試験結果の解説をしていただきました。
<疾患説明>
トランスサイレチン型心アミロイドーシスってどんな病気?
病気の概要
肝臓の細胞内で作られるトランスサイレチン(TTR)は、普段は甲状腺ホルモンやビタミンAを運ぶ役割をしているタンパク質で、通常は4つの部品がしっかりくっついた安定した形をしています。しかし、何らかの原因でこの安定した形が崩れてバラバラになり、そのバラバラになった部品が今度は糸くずのようにくっつき合い、水や血液に溶けにくい「アミロイド」という塊に変わってしまうのです。このアミロイドが心臓にたまることで、心臓の働きが妨げられ、心臓の機能が低下する「心不全」という状態になります。この病態をトランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)と言います。
この病気には大きく分けて2つのタイプがあります。
- ・遺伝性:生まれつきの遺伝子の変化が原因で起こるタイプです。心臓だけでなく、神経や消化器など、体のいろいろな場所にアミロイドがたまることがあります。
- ・ 野生型:主に歳をとることが原因で起こるタイプで、高齢の男性に多く見られます。心臓の他に、手の付け根(手根管症候群)や背骨(脊柱管狭窄症)にアミロイドがたまりやすいと言われています。
病気が進むと、重い心不全や脈の乱れ(不整脈)が起こり、日常生活に大きな影響が出ます。早く病気を見つけて治療を始めることがとても大切ですが、他の心臓病と症状が似ているため、診断が遅れてしまうこともあります。
どんな症状が出るの?なぜ早く診断することが大切なの?
ATTR-CMの症状は、心臓の症状だけでなく、全身にわたることが特徴です。主な心臓の症状としては、心臓の働きが悪くなることによる「息苦しさ」「むくみ」「疲れやすさ」「動悸」「息切れ」「めまい」「胸の痛み」、そして「脈の乱れ(不整脈)」などがあります。不整脈は、自分では気づきにくいこともありますが、心不全が悪化すると現れることがあります。
心臓以外の症状で特に注目されるのは、「手のしびれや痛み」です。これは「手根管症候群」と呼ばれ、特に遺伝子の変化がない野生型のATTR-CMの患者さんでは、心臓の症状よりも先に現れることが多いと言われています。アミロイドが手のひらの付け根にある「手根管」というトンネルにたまることで、この症状が起こると考えられています。また、腰の神経が圧迫される「腰部脊柱管狭窄症」も関連する症状として報告されています。
これらの症状は、歳をとることによる体の変化や、他の一般的な心臓病の症状とよく似ているため、この病気だと気づかれにくく、診断が遅れてしまうことがよくあります。
例えば、「疲れやすい」「息切れがする」といった症状は、「年のせい」だと思われがちです。診断が遅れると、病気がかなり進んでからでないと治療が始められないという問題が起こります。しかし、ATTR-CMは、治療によって心臓の機能が悪くなるのを遅らせることが期待できる病気です。そのため、できるだけ早く診断を確定し、適切な治療を始めることが、患者さんの状態を良くするために非常に重要です。診断には、心電図検査、心臓のエコー検査、核医学検査、組織の一部を調べてアミロイドがあるかを確認する検査や、遺伝子の検査などが行われます。現在、一般的に行われている検査は、核医学検査です。
ATTR-CMのタイプの違い
野生型ATTR-CMと遺伝性ATTR-CMの違い
ATTR-CMは、その原因によって大きく2つのタイプに分けられます。一つは「野生型」、もう一つは「遺伝性」です。この2つのタイプは、病気が始まる仕組み、症状、発症する年齢、病気の経過、そして、各薬剤の適応が異なり、投与できる薬剤が異なるため、どちらのタイプかを正確に診断することが非常に重要です。加えて、遺伝性の場合は、ご家族への影響があり、遺伝子カウンセラーと共に家系に対するフォローも必要となります。
野生型:このタイプは、歳をとるにつれてTTRが不安定になることが原因で起こります。遺伝子の変化は伴わないため、家族に同じ病気の人がいることは通常ありません。主に心臓にアミロイドがたまり、心臓の症状が出ることが特徴です。一般的に60歳以上の人に多く、歳をとるほど発症しやすくなります。心臓の症状が出るよりも前に、手のしびれや痛みを伴う手根管症候群が見られることが多いと言われています。
遺伝性:このタイプは、TTRを作る遺伝子に生まれつきの変化(変異)があることが原因で起こる病気です。TTR遺伝子には120種類以上の変化が見つかっており、どの変化があるかによって、アミロイドがたまる場所や症状の出方が異なります。例えば、日本人で最も多い「Val30Met型」という遺伝子変化では、主に手足の神経にアミロイドがたまり、しびれや痛みが起こることが多いです。一方で、「Leu111Met変異」という変化がある患者さんでは、比較的若い年齢で心臓の症状が出ることがあります。遺伝性の病気なので、家族に同じ病気の人がいることがほとんどで、患者さんだけでなく家族への情報提供や遺伝カウンセリングがとても大切になります。
この2つのタイプを正確に区別することは、単に病気を分類するだけでなく、患者さんの今後の見通しを予測したり、最適な治療法を選んだり、遺伝カウンセリングが必要かどうかを判断したりする上で、非常に大きな意味を持ちます。
また、遺伝性の病気であることから、家族の病歴を確認し、遺伝子検査を行うことで、まだ症状が出ていない家族が病気を早く見つけたり、予防的な対策を考えたりすることにもつながります。
以下に、ATTR-CMの主なタイプごとの特徴をまとめた表を示します。

ATTR-CMは国の「指定難病」なの?
「全身性アミロイドーシス」として指定難病に認定
トランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)は、国が定めている「指定難病」の一つである「全身性アミロイドーシス」に含まれています 。そのため、「難病医療費助成制度」という、医療費の補助を受けられる制度の対象になります。この制度は、「難病の患者さんに対する医療などに関する法律」(通称:難病法)に基づいて、国が指定した難病の患者さんの医療費を助けるものです。2025年4月現在、348の病気がこの制度の対象になっています。
全身性アミロイドーシスは、病気の原因がまだはっきり分かっていないこと、効果的な治療法がまだ確立されていないこと、そして長く治療が必要な進行性の病気であるという条件を満たしているため、指定難病として認められています。
医療費助成制度の対象になる条件と申請方法
難病医療費助成制度の対象になるには、以下のどちらかの条件を満たす必要があります。
- ・病気の重症度分類で「2度以上」に当てはまる場合。
- ・重症度分類で「1度」であっても、医療費が高額になっている場合。具体的には、トランスサイレチン型アミロイドーシス(全身性アミロイドーシス)に関する医療費の合計額(10割負担分)が、申請する月より前の12ヶ月以内に3ヶ月以上、月33,330円を超えている場合です。例えば、医療保険で3割負担の場合、自己負担額が約1万円になる月が年に3回以上あれば対象になります。
申請には、難病指定医という専門のお医者さんが書いた「臨床調査個人票(診断書)」を提出することが必要です。
この診断書は、「全身性野生型トランスサイレチン(ATTRwt)アミロイドーシス」の028-2か、「遺伝性トランスサイレチン(ATTRv)アミロイドーシス」の028-3のどちらかに該当するものです。
その他にも、特定医療費(指定難病)支給認定申請書、住民票、税金の証明書、健康保険証のコピー、マイナンバーの確認書類などが必要になります。
助成は、病気の重症度が対象の基準を満たした日からさかのぼって適用されますが、通常は申請した日の1ヶ月前までが対象期間となります。
この難病医療費助成制度は、ATTR-CMの患者さんにとって、高額な治療費の負担を軽くし、必要な治療を受けやすくするための大切な制度です。しかし、「重症度分類2度以上」または「高額医療費」という条件があるため、病気の初期段階で症状が軽い患者さんや、まだ診断されていない患者さんは、助成を受けにくいという側面もあります。この制度の仕組みは、病気を早く見つけて治療を始めることが大切だと言われている中で、経済的な助けが病気が進んでからでないと得られないという矛盾を抱えている可能性があり、診断の遅れが経済的な面にも影響を与える可能性を示唆しています。

患者さんはどれくらいいるの?
日本ではどれくらいの患者さんがいるの?
ATTR-CMの患者さんは非常に少ないとされていますが、日本全体で正確に何人いるかという数字はまだ報告されていません。しかし、特定の患者さんグループを調べた研究からは、この病気の患者さんがどれくらいいるかの目安が分かっています。
例えば、心臓のポンプ機能が保たれている心不全患者さんの13%、重い大動脈弁の病気でカテーテル治療を受けた患者さんの16%、肥大型心筋症と診断されている患者さんの5%にATTR-CMが見つかるという報告があります。これは、ATTR-CMが特定の心臓病の患者さんの中に、これまで考えられていたよりも高い割合で存在している可能性があることを示しています。
厚生労働省の研究事業による全国調査では、遺伝性トランスサイレチン型心アミロイドーシスの患者さんは約700人、野生型トランスサイレチン型心アミロイドーシスの患者さんは約3000人と報告されています。一方で、病院のデータを使ったATTR-CMの患者数調査では、野生型ATTR-CM患者は100万人あたり155.8人~191.1人、遺伝性ATTR-CM患者は100万人あたり3.2人~5.1人という報告もあり、調査方法によって患者数の推定値に幅があることが分かります。
これらのデータは、ATTR-CMが珍しい病気である一方で、特に高齢者の心不全の原因として、これまで見過ごされてきたケースがある可能性を示唆しています。この病気の正確な患者数を把握することは、医療の課題を見つけ、適切な医療資源を配分したり、病気について広く知ってもらう活動を強化したりするために不可欠です。
今、行われている標準的な治療方法
トランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)の治療は、大きく分けて「病気の根本に働きかける治療」と「症状を和らげる治療」の2つがあります。病気の根本に働きかける治療は、アミロイドがたまるのを抑え、病気の進行を遅らせることを目指し、症状を和らげる治療は、心不全や脈の乱れなどの症状を楽にすることを目的とします。
病気の根本に働きかける治療
この治療は、ATTRアミロイドが作られる仕組みに直接作用することで、病気の進行を抑えることを目指します。
TTR安定化薬
TTR安定化薬は、不安定になったTTRの4つの部品がバラバラになるのを防ぎ、アミロイド線維が作られるのを抑えることを目的とした薬です。
- ・タファミジス(商品名:ビンダケル、ビンマック):日本では、タファミジス(ビンダケルカプセル20mg)が、遺伝性のトランスサイレチン型心アミロイドーシスによる手足の神経の病気の治療薬として承認されており、トランスサイレチン型心アミロイドーシス(野生型および遺伝性)に対しても承認されています。ビンマックカプセル61mgも同様にATTR-CMの治療薬として認められています。タファミジスは、TTRをしっかり安定させることでアミロイドが作られるのを抑えます。通常、大人の患者さんには、タファミジスメグルミンとして1回80mgを1日1回口から飲みます。
TTR産生抑制薬(RNAi治療薬など)
TTR産生抑制薬は、TTRタンパク質が肝臓で作られる過程を抑制することで、アミロイド線維の材料となるTTRの量を減らすことを目的とした薬です。
- ・パチシラン(商品名:オンパットロ):RNAi(RNA干渉)という技術を使った薬で、TTRを作るための情報(mRNA)を壊すことで、遺伝性のTTRと野生型のTTRの両方が作られるのを特異的に抑えます。日本では2019年6月に「トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチー」という病気の治療薬として承認されました。
- ・ブトリシラン(商品名:アムヴトラ):皮下注射で使うRNAi治療薬で、2022年9月に「トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチー」の治療薬として承認され、2025年6月には「トランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)」への適応も追加承認されました。ブトリシランは、TTRのmRNAを壊すことで、ATTR-CMの原因となるTTRが作られるのを根本から抑えます。
肝臓移植
原因となる肝臓を手術で入れ替える「肝臓移植」は、若年発症の遺伝性で、疾患修飾薬が使用できない重度のATTRvアミロイドーシスでは考慮することがありますが、ファーストラインの治療法としては推奨されていません。
症状を和らげる治療(心不全・不整脈の管理)
病気の根本に働きかける治療と並行して、心臓の症状を和らげる治療も行われます。これには、心不全や脈の乱れに対する薬を使った治療が含まれます。心臓への負担を減らすために、適切な運動量を守ったり、塩分を控えめにしたりすることも大切で、お医者さんの指示に従う必要があります。また、心不全を悪化させる原因となる感染症を防ぐために、ワクチンの接種なども勧められます。
この病気で今、困っていること
診断が遅れること(診断ラグ)
ATTR-CMの大きな問題の一つは、診断が遅れてしまうことです。この病気の症状は、息切れ、疲れやすさ、むくみ、手足のしびれなど、歳をとることによる一般的な体の変化や、他の心臓病(心不全など)とよく似ているため、この病気だと気づかれにくい傾向にあります。多くの患者さんが「年のせい」だと思われたり、一般的な心不全として治療されたりすることが少なくありません。
診断が遅れると、患者さんが適切な治療を受ける機会を逃してしまう可能性があります。ATTR-CMは進行性の病気であり、早く診断して治療を始めることが、心臓の機能が悪くなるのを遅らせ、患者さんの状態を良くするために非常に重要です。
しかし、症状がはっきりしないために病気が進み、かなり重い状態になってからようやく診断されるケースが多く見られます。この問題に対処するためには、お医者さん、特に心臓の専門医や高齢者の医療に携わるお医者さんが、ATTR-CMの「要注意サイン」に気づき、この病気の可能性を考える意識をさらに高めることが不可欠です。
治療を受けにくいこと
ATTR-CMの治療法は近年大きく進歩し、効果的な病気の根本治療が利用できるようになっています。しかし、これらの新しい治療薬は値段が高いことが多く、患者さんの経済的な負担が大きいという問題があります。国の難病医療費助成制度を利用できるものの、「重症度分類2度以上」または「高額医療費」という条件を満たす必要があります。これは、病気の初期段階で症状が軽い患者さんや、まだ診断されていない患者さんが、助成を受けにくいという側面を持っています。
また、診断自体が難しい病気であるため、適切な診断にたどり着けない患者さんは、これらの画期的な治療法の恩恵を受けることができません。治療を受けやすくするためには、診断を早くすることに加えて、高額な治療薬に対する経済的な支援のあり方や、地域で専門の医療機関にかかりやすくすることなど、様々な角度からの取り組みが求められます。
病気が進行することと今後の見通し
ATTR-CMは進行性の病気であり、治療せずにそのままにしておくと、心臓の機能がどんどん悪くなり、命に関わる可能性のある重い病気です。未治療の場合では、遺伝性のATTR-CM(変異型)では診断後平均2~3年以内(平均生存期間25.6ヶ月)、野生型のATTR-CMでは5年以内(平均生存期間43.0ヶ月)に亡くなるケースが多いと報告されており、そのほとんどが突然死や心不全、心筋梗塞など心臓が原因であるとされています。
この病気が進行するという性質は、診断が遅れるほど患者さんの今後の見通しが厳しくなることを意味します。早く診断して治療を始めることが命に関わる見通しを改善するために非常に重要であるにもかかわらず、診断の難しさから治療開始が遅れる現状は、患者さんの命に直接的な影響を与えています。病気の進行を抑え、患者さんの生活の質を保つためには、もっと効果的な治療法の開発と、早く治療を始められる医療体制を整えることが、今すぐ取り組むべき課題です。
最新の治療方法
トランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)の治療は近年、目覚ましい進歩を遂げています。特に、TTRを安定させる薬や、TTRが作られるのを抑える薬の分野で新しい薬が承認され、患者さんに新たな治療の選択肢を提供しています。
新しく承認された薬「ビヨントラ錠」
2025年3月27日、アレクシオンファーマ合同会社は、トランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)の治療薬として「ビヨントラ錠」(一般名:アコラミジス塩酸塩)が日本で承認されたことを発表しました。
ビヨントラは、TTRタンパク質を正常な4つの部品がくっついた形に強力に安定させることで、病気の原因となる有害なアミロイド線維が作られるのを防ぎ、病気の進行を抑える新しいタイプの安定化剤です。体内のTTRタンパク質の90%以上を正常な形に保つ強力な安定作用を持つとされています。
ビヨントラの承認は、国際的な大規模な臨床試験(ATTRibute-CM試験)と日本国内で行われた臨床試験の良い結果に基づいています。国内の試験では、30ヶ月後までに亡くなった患者さんの報告はなく、心臓に関連する入院の頻度も低いことが示されました。また、副作用も少なく、特に心配な安全性の問題は見つかっていないと報告されています。この薬の登場は、ATTR-CM患者さんの生存期間を延ばし、心臓に関連する入院を減らし、体の機能や生活の質(QOL)を改善することに役立つと期待されています。
その他の最新の動き(アムヴトラの適応拡大など)
TTRが作られるのを抑える薬の分野でも進展が見られます。2025年6月24日には、RNAi治療薬である「アムヴトラ皮下注」(一般名:ブトリシラン)が、「トランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)」の治療にも使えるように承認が追加されました。
アムヴトラは、TTRを作るための情報(mRNA)を壊すことで、ATTR-CMの原因となるTTRが作られるのを根本から抑えます。この承認は、遺伝性のATTR-CMと野生型のATTR-CMと診断された大人655人を対象とした国際的な大規模臨床試験(HELIOS-B試験)の結果に基づくもので、この試験では、死亡や心臓に関連する病気の再発のリスクが28%減少したことが示されています。
また、アストラゼネカ社が開発している「Eplontersen」も、ATTRの治療薬としてアメリカとEUで希少疾病用医薬品の指定を受けており、2024年1月にはアメリカで利用可能になっています。これらの新しい薬の登場は、ATTR-CMの治療の選択肢を増やし、患者さん一人ひとりの状態に合わせた治療計画を立てることを可能にしています。
今、研究されているこの病気の治療方法
トランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)に対する新しい治療法の研究は、今ある治療法をさらに良くし、より根本的な治療を目指して活発に進められています。
遺伝子を修正する治療(CRISPR-Cas9)
遺伝子を直接修正する技術、特に「CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)」というシステムを使った治療法は、ATTR-CMの根本原因に迫る有望な方法として注目されています。この技術は、病気の原因となるTTR遺伝子を直接狙い、その働きを抑えたり、修正したりすることを目指します。
イギリスの研究グループは、CRISPR-Cas9を使った遺伝子修正治療薬「nexiguran ziclumeran(nex-z)」の安全性と効果を調べる初期の臨床試験の結果を報告しました。
この試験では、ATTR-CM患者さんにnex-zを1回だけ投与したところ、血液中のTTRの量が素早く、そして長く減り続けることが示されました。投与から28日後にはTTRの量が平均で89%減少し、12ヶ月後も90%の減少が保たれていました。副作用としては、一時的な点滴に伴う反応が見られましたが、重い副作用のほとんどはATTR-CMの症状によるもので、nex-zと関連があると判断された重い副作用は1例だけでした。
この結果は、遺伝子を修正する治療がATTR-CMの進行を抑える可能性があることを示しており、病気の根本的な治療法として大きな期待が寄せられています。YolTech社もCRISPR-Cas9を使った遺伝子修正治療薬「YOLT-201」の臨床試験で良い中間結果を発表しており、この分野の研究は今後さらに進むと考えられます。
アミロイドを取り除く薬
今ある治療法がアミロイドが作られるのを抑えることを目的としているのに対し、「アミロイド除去薬」は、すでにたまってしまったアミロイド線維を直接体から取り除くことを目指す治療法です。これにより、すでに機能が悪くなっている臓器の働きが改善することが期待されます。
現在、ATTR-CMの成人患者さんを対象に、アミロイド除去薬「ALXN2220」の効果と安全性を評価する大規模な臨床試験が進行中です。これは、アミロイドがたまるのを抑えるだけでなく、すでにたまったアミロイドを取り除くことで、心臓の機能を取り戻すことを目指す画期的な治療法となる可能性があります。アルツハイマー病の動物モデルを使った研究では、アミロイドに特異的にくっつく光触媒化合物を使って光を当てると、アミロイドの塊が著しく減少し、量も減ることが示されており、アミロイドを取り除くという考え方が他のアミロイドーシスにも応用される可能性を示唆しています。
その他の研究の動き
ATTR-CMの治療研究は多岐にわたっており、上記以外にも様々な方法が検討されています。これには、新しいTTR安定化剤やTTR産生抑制剤の開発、アミロイド線維が作られる詳しい仕組みをさらに解明し、新しい治療の標的を見つけることなどが含まれます。これらの研究が進むことで、ATTR-CM患者さんの今後の見通しをさらに改善し、生活の質を高めるための新しい治療の選択肢が増えることが期待されます。
まとめ
トランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)は、体の中で作られる「トランスサイレチン(TTR)」というタンパク質が異常な塊(アミロイド)になり、それが心臓にたまって心臓の働きを悪くする、進行性の重い病気です。症状が他の病気と似ているため、診断が遅れてしまうことが大きな問題で、これが患者さんの状態を悪くする原因になることがあります。特に、高齢者の心不全のような症状や、若い人の原因不明の神経症状が見られる場合に、ATTR-CMの可能性を考えることが大切です。
ATTR-CMは「全身性アミロイドーシス」として国の指定難病に認定されており、医療費の助成を受けられる制度の対象になります。しかし、助成を受けるための条件が病気の進み具合や医療費の額によるため、病気の初期段階での経済的な支援にはまだ課題が残っています。
近年、ATTR-CMの治療は大きく進歩しており、TTRを安定させる薬(タファミジス、ビヨントラ錠など)や、TTRが作られるのを抑える薬(パチシラン、ブトリシランなど)といった、病気の進行を抑える効果的な薬が登場しています。
これらの薬は、患者さんの生存期間を延ばしたり、心臓に関連する病気の発生を減らしたりする効果が示されており、治療の選択肢が広がっています。
さらに、遺伝子を直接修正する治療(CRISPR-Cas9)や、すでにたまってしまったアミロイドを取り除く薬など、より根本的で新しい治療法の研究も活発に進められています。これらの研究が成功すれば、ATTR-CMの治療は大きく変わり、患者さんの今後の見通しや生活の質を大きく改善する可能性を秘めています。
ATTR-CMの診断と治療の今後の展望としては、お医者さんへの病気の知識の普及を強化し、診断の遅れをなくすこと、高額な新しい治療薬を患者さんが利用しやすくするための制度的な支援を検討すること、そして現在進められている遺伝子治療やアミロイド除去療法の研究開発を加速させることが挙げられます。これらの取り組みを通じて、ATTR-CMの患者さんがより早く診断を受け、最適な治療を受けられる医療環境が実現することが期待されます。
Alnylam社 岡田裕社長
同社メディカルアフェアーズ部長 宇野希世子博士
高知大学医学部 老年病・循環器内科 北岡裕章教授
左から宇野博士、岡田社長、北岡教授
参照資料一覧
- 日本初となる RNAi 治療薬「オンパットロ®」の製造販売承認を取得(https://alnylam.jp/sites/default/files/news-articles/Japan-ONPATTRO-Approval-Release.pdf)
- 難病医療費助成制度 – 心アミロイドーシス情報サイト(https://amyloidosis-alexion.jp/welfare/medical-expense)
- トランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)について( https://attrcm.jp/about)
- トランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)の症状(https://attrcm.jp/about/symptom)
- トランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)の種類(https://attrcm.jp/about/type)
- アストラゼネカ、希少疾患治療薬Eplontersenの米国での発売を発表(https://astrazeneca.co.jp/media/press-releases1/2024/2024011701.html)
- アミロイドーシス診療ガイドライン2025が発刊(https://carenet.com/news/general/carenet/60918)
- トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチーの末梢神経障害の治療薬として承認されているタファミジス(https://carenet.com/news/journal/carenet/46717)
- ATTR型心アミロイドーシス、CRISPR-Cas9遺伝子編集療法が有望/NEJM(https://carenet.com/news/journal/carenet/59862)
- YolTech社、CRISPR-Casを用いたin vivo遺伝子編集治療薬YOLT-201の医師主導治験の中間解析結果が良好であったことを発表(https://crisp-bio.blog.jp/archives/38125278.html)
- トランスサイレチン型心アミロイドーシス治療薬「ビヨントラ錠400mg」の保険適用が承認(https://gemmed.ghc-j.com/?p=66930)
- トランスサイレチン型心アミロイドーシス治療薬として「ビヨントラ」が国内承認(https://genetics.qlife.jp/news/20250424-j547)
- 遺伝性ATTRアミロイドーシス(FAP)の疾患背景(https://hattramyloidosis.jp/disease-background)
- 遺伝性ATTRアミロイドーシス(FAP)の疫学 (https://hattramyloidosis.jp/disease-background/hATTR-amyloidosis/epidemiology)
- 遺伝性ATTRアミロイドーシス(FAP)の治療:肝移植 (https://hattramyloidosis.jp/treatment/liver-transplant)
- 遺伝性ATTRアミロイドーシス(FAP)の治療:siRNA治療薬(https://hattramyloidosis.jp/treatment/siRNA-therapeutics)
- トランスサイレチン型アミロイドーシス診療ガイドライン202(https://hattramyloidosis.jp/guideline/JCS2020/treatment/treatment-for-ATTRv-amyloidosis)
- アムヴトラ「ATTR-CM」への適応追加-6月の変更承認情報まとめ(https://hokuto.app/post/5TXauBGdhPyaA5BLCQzH)
- 日本循環器学会 83回学術集会 声明(https://j-circ.or.jp/old/topics/83thjcs_statement_dr_fukuda.pdf)
- 全身性アミロイドーシス – 難病情報センター(https://nanbyou.or.jp/entry/207)
- アムヴトラ皮下注(ブトリシラン)の作用機序【TTR-FAP/ATTR-CM】(https://passmed.co.jp/di/archives/18223)
- 心アミロイドーシス疾患概要 – PfizerPro( https://pfizerpro.jp/medicine/vyndaqel/disease/attr-cm-disease/03)
- 難病医療費助成制度について – PfizerPro(https://pfizerpro.jp/medicine/vyndaqel/product/attr-cm-vyndaqel/08)
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- ブトリシラン 審議結果報告書 – PMDA(https://pmda.go.jp/drugs/2022/P20221005002/112773000_30400AMX00432_A100_1.pdf)
- アコラミジス塩酸塩 審議結果報告書 – PMDA(https://pmda.go.jp/drugs/2025/P20250401001/870056000_30700AMX00074_A100_1.pdf)
- ビヨントラ®、トランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)の患者さんの治療薬として日本で承認を取得(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000019.000074822.html)
- ビヨントラ錠がトランスサイレチン型心アミロイドーシス治療薬として国内承認(https://raresnet.com/250411-01/)
- トランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)成人患者を対象にアミロイド除去薬ALXN2220の有効性及び安全性を評価する第3相試験(https://rctportal.mhlw.go.jp/detail/jr?trial_id=jRCT2031230517)
- 光触媒化合物を用いたアルツハイマー病治療の可能性(https://saibou.jp/column/729/)
- アムヴトラ(ブトリシランナトリウム)のATTR-CM適応追加承認申請(https://trinity-translation.com/yakuji/2177/)
- トランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)の症状と診断(https://ubie.app/byoki_qa/clinical-questions/ujks90b5z)
- トランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)の病態生理と診断基準(https://ubie.app/byoki_qa/clinical-questions/jt8cd20x08x)