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長鎖シーケンス技術を用いてヒト免疫細胞に特化した転写産物のデータベース「TRAILS」を開発、自己免疫疾患などの病態解明と新規治療法の開発に期待

東京医科歯科大学、京都大学、慶應義塾大学、理化学研究所の共同研究グループは5月23日、転写産物の多様性が複雑疾患の発症に関与するメカニズムの解明のために、長鎖 RNA シーケンス技術を用いてヒト免疫細胞に特化した転写産物のデータベース(TRAILS)を開発したと発表しました。

免疫細胞は、ヒトの体内で多様な働きを持ち、体を病気から守るために重要な役割を担っています。しかし、自分自身の細胞を攻撃してしまい、自己免疫疾患を引き起こすこともあります。免疫細胞の働きを理解することは、自己免疫疾患をはじめとするさまざまな病気の原因解明や治療法の開発に繋がりますが、免疫細胞の種類は非常に多く、それぞれの働きを詳細に調べるには、遺伝子の発現を一つひとつ解析する必要があります。技術的な限界があり、これまで十分な解析が行われていませんでした。

今回、研究グループは、29 種類のヒト免疫細胞を対象に、最新の長鎖 RNA シーケンス技術を用いて、遺伝子の転写産物を隅々まで調べました。その結果、これまで知られていなかった多数の新しい転写産物を発見し、「TRAnscriptomic resource of Immune celLS:TRAILS」と名付けたデータベースを作成しました。TRAILS には、16万近い転写産物が含まれていますが、その半分以上はこれまで知られていなかった新しい転写産物が含まれていました。

画像はリリースより

これらの新しい転写産物の多くには、ゲノムの中を動き回る「トランスポゾン」という配列の挿入が関わっていることがわかりました。トランスポゾンは、免疫に関連する遺伝子に特に多く見られ、免疫システムの進化に重要な役割を果たしてきたと考えられます。トランスポゾンの挿入により、遺伝子の構造が変化し、新しい転写産物が生み出されます。このように、トランスポゾンは、ヒトゲノムの多様性を生み出す原動力のひとつであり、特に免疫システムの進化に大きく貢献してきたことが明らかになりました。

今回の研究では、転写産物の種類が免疫細胞によって大きく異なることもわかりました。ある免疫細胞では、ある遺伝子の特定の転写産物が多く発現しているのに対し、別の免疫細胞では、同じ遺伝子の別の転写産物が優勢でしたが、この違いは、それぞれの免疫細胞が特有の働きを持つことを可能にしていると考えられます。

また、転写産物の発現パターンの違いを生み出すメカニズムについて調べた結果、遺伝子の 3’非翻訳領域(3’UTR)という領域の選択的な使い分けが、転写産物の発現制御に重要な役割を果たしていることがわかりました。3’UTR は、遺伝子の発現量を調節する領域で、免疫細胞の種類によって異なる 3’UTR が使われることで、転写産物の発現パターンが変化するのです。このことから、免疫細胞の多様性は、遺伝子の転写後調節メカニズムによって巧妙に制御されていることが明らかになりました。

さらに、TRAILSを使って、関節リウマチなどの自己免疫疾患やアルツハイマー病に関係する転写産物を探し出すことにも成功しました。例えば、関節リウマチでは、SIGLEC10 という遺伝子のうち、特定の転写産物の発現バランスが崩れていることがわかり、アルツハイマー病に関連する遺伝子では、病気の原因になり得る新しい転写産物が見つかりました。これらの発見は、TRAILS が複雑な病気のメカニズム解明に役立つことを示しています。

また、遺伝子の多様性と病気の関係をさらに詳しく調べるために、TRAILS に含まれる転写産物の情報と、ゲノムの遺伝的な変異(多型)の情報を組み合わせて解析した結果、多型によって転写産物の発現パターンが変化し、病気のリスクが高まる例が見つかりました。この解析は、病気の原因となる遺伝的な仕組みを理解するために重要な手がかりとなります。

画像はリリースより

以上の研究成果より、TRAILS は、免疫細胞の働きを理解するための貴重な情報源となるだけでなく、ヒトのゲノムの進化における「トランスポゾン」の役割や、免疫細胞の特殊な機能に関わる転写産物の働きなど、生物学的に重要な発見がありました。また、今回の研究成果は、自己免疫疾患などの複雑な病気の原因解明にも役立つと期待されます。今回の研究で構築されたデータベースは、ヒト免疫細胞から得られた他のデータにも応用できる汎用性の高いものであり、基礎研究から医療応用まで、幅広い分野で活用されると期待されます。

なお、同研究の成果は、国際科学誌「Nature Communications」オンライン版に2024年5月28日付で掲載されました。

出典
東京医科歯科大学 プレスリリース

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