iPS細胞から成熟した人工心筋組織の作製方法の開発により、肥大型心筋症の新たな治療法開発へ期待
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)は10月6日、iPS細胞から成熟した人工心筋組織(ECT:engineered cardiac tissue)の作製方法を開発し、より正確に心筋症を再現することに成功したと発表しました。
肥大型心筋症は、左心室の壁が厚くなる心疾患で、500人に1人が罹患するといわれています。肥大型心筋症の約60%は常染色体優性遺伝によるサルコメアの障害であり、1400以上の肥大型心筋症に関連する遺伝子変異が報告されています。ヒトiPS細胞を用いた人工心筋組織 (ECT)は、心臓疾患を再現するツールとして期待されていますが、これまでにヒトの肥大型心筋症を正確に再現することはできませんでした。しかし、人工心筋組織 (ECT)の成熟度を高めることで、より正確な病態を再現できる可能性があると考えました。
今回の研究では、ERRγ(エストロゲン関連受容体)作動薬であるT112と伸長刺激を用いて人工心筋組織 (ECT)の成熟を促進することにより、肥大型心筋症(HCM)の2種類の病原性サルコメア遺伝子変異(重度な病態を呈するMYH7 R719Qとより軽度な病態のMYBPC3 G115*)をモデル化する方法を確立しました。
まずはじめに、プレート下を吸引することで、伸長刺激を与えることができる装置を用いて、iPS細胞から誘導した人工心筋組織 (ECT)を伸長させた結果、より成熟した心筋組織の特徴を示しました。
また、サルコメア遺伝子変異をもつ成熟した人工心筋組織 (ECT)は、重度の病態を示す遺伝子変異を持つ肥大型心筋症で見られる、筋原線維配列の乱れ、肥大、収縮亢進、拡張機能障害を含むいくつかの特徴的な肥大型心筋症の表現型を再現することに成功しました。
一方で、肥大型心筋症患者さんのうちMYBPC3切断変異は頻度が高い変異の一つですが、健常な人由来のiPS細胞(WT)に対してCRISPR/Cas9を用いたゲノム編集を行い、MYBPC3切断変異を持つiPS細胞株(MYBPC3 G115*)を作製しました。その結果、通常の培養条件では心筋細胞の大きさには差が見られませんでしたが、T112処理と伸長刺激を組み合わせた方法では、MYBPC3 G115*は肥大化していました。
以上の研究成果より、研究グループは、ERRγ作動薬であるT112と伸長刺激を組み合わせた方法により、 人工心筋組織 (ECT) の成熟を促進し、肥大型心筋症の病態を再現することに成功しました。また、成熟した 人工心筋組織 (ECT) を使うことで、より症状の重い肥大型心筋症と軽度な肥大型心筋症の症状の差をそれぞれ再現することができました。特にこれまで再現が難しかった、軽度な肥大型心筋症の遺伝子変異でも、心筋細胞の肥大を再現することができました。今後の展望として、今回作製した人工心筋組織 (ECT)が、肥大型心筋症の新たな治療法開発に役立つことが期待できるといいます。
なお、同研究の成果は、「Stem Cell Reports」誌に、10月6日付で掲載されました。