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生体内では生産されないD-システインが脊髄小脳失調症の新たな治療薬候補に

熊本大学は7月20日、遺伝性神経難病である脊髄小脳失調症(SCA)の細胞モデルおよびマウスモデルにおいて、D体アミノ酸であるD-システインの投与が病態改善効果を示すことを発見したと発表しました。

この成果は、同大大学院生命科学研究部の関貴弘准教授、香月博志教授ら研究グループによるもの。学術誌「Experimental Neurology」オンライン版に6月19日付で公開されました。

脊髄小脳失調症(SCA)は遺伝子変異を原因とする神経変性疾患です。原因遺伝子の違いによりSCA1からSCA48まで分類され、SCA原因遺伝子由来のタンパク質が小脳で多く発現しているという共通の特徴がありますが、機能の共通性は見出されておらず、共通の発症機序は解明されていません。

哺乳類の生体内ではアミノ酸のひとつであるL-システインを原料に硫化水素が産生されます。硫化水素は火山ガスに含まれる有毒ガスとして有名ですが、生体内でも微量に産生され、抗酸化作用を示します。哺乳類の生体内では産生されないD体アミノ酸の「D-システイン」からも硫化水素を産生する経路が近年、同定されていました。その経路にはDアミノ酸酸化酵素 (DAO) が関わっており、DAOは脳内では小脳に強く発現することがわかっています。そのため、D-システインを投与すると、DAOのはたらきにより、脳内では小脳だけに硫化水素が産生されます。そのため、研究グループは小脳選択的に硫化水素産生を引き起こすD-システインがSCAの治療に有効ではないかと考え、SCAの細胞モデルとマウスモデルを用いてD-システインの治療効果を検証したそうです。

今回の研究では、初代培養小脳プルキンエ細胞にSCA原因遺伝子によって産生される変異型タンパク質を発現させ、SCAモデル細胞を作製。3種類のSCA(SCA1, SCA3, SCA21)について、変異型タンパク質を発現させた細胞では、野生型タンパク質を発現させた細胞と比べて、共通に樹状突起の発達低下が観察されました。その一方で、変異型にD-システインを処置したところ、3種類のSCAモデル細胞全てで、樹状突起の発達低下が有意に抑制されました。

次に、マウスモデルに対するD-システインの効果を検証するため、SCA原因タンパク質を小脳神経に発現させたSCA1モデルマウスを作製し、正常なマウスとの比較実験を実施。SCA1モデルマウスに運動障害発症前から生理食塩水またはD-システインの慢性投与を行ったところ、D-システインを投与したSCA1モデルマウスでは、運動機能障害の発症が有意に抑制されました。さらに、当該モデルマウスの小脳の組織解析を行った結果、D-システインは小脳プルキンエ細胞の減少やグリア細胞の活性化など、小脳組織の異常を有意に抑制していることが判明したそうです。

画像はリリースより

これまでの研究から、D-システインを初代培養小脳プルキンエ細胞に処置すると、樹状突起の発達を促進することが解明されていました。この効果はDAOと硫化水素産生を介していることがわかっているため、今回の研究における治療効果もDAOおよび硫化水素産生を介していると想定されるそうです。また、3種類の細胞モデルのいずれでも治療効果を示したため、D-システインはさまざまなタイプのSCAに共通に有効な治療薬となることも期待されます。

研究グループはプレスリリースにて、「SCAは遺伝性疾患であるため、遺伝子診断により将来発症するリスクの有無を判定することが可能です。しかし、遺伝子診断により原因遺伝子を保有していると判定されても、現状では発症を防ぐ方法は存在しません。本研究では、運動障害が発症する前の時点からSCA1モデルマウスにD-システインを慢性投与することで、SCAの発症を有意に遅らせることができました。安全性の高いD-システインをSCA原因遺伝子保有者が発症前から慢性的に服用することで、SCA発症予防薬としての応用も期待されます」と述べています。

出典元
熊本大学 お知らせ(生命科学系)

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