多発性硬化症 (MS) の病型と腸内環境の変化の関連性を解明
国立精神・神経医療研究センター神経研究所らの研究グループは、多発性硬化症 (MS 指定難病 13) の病型と腸内環境の変化の関連性を明らかにしたと報告しました。これまでに二次進行型MS患者の腸内細菌叢を解析した研究はなく、本研究結果は将来的にMSに対する新たな診断法や治療法の開発にも寄与すると考えられます。
背景-再発寛解型MSと腸内細菌叢の関連性
多発性硬化症 (MS) は中枢神経系の神経細胞が、自分自身の免疫細胞によって攻撃されるために発症する難病です。脳や脊髄に起きる炎症の部位によって、視力の低下や視覚障害、手足のふるえ、運動障害、認知機能障害など引き起こされる症状は多岐にわたります。MSは再発と寛解を繰り返す再発寛解型MSとして発症し、一部の患者では寛解せずに症状が進行する二次進行型MSへと移行します。患者数は年々増加しており、現在では国内に2万人以上の患者がいると推定されています。患者数増加の理由として生活習慣の変化などが考えられていますが未だ明らかになっていません。研究グループは過去に再発寛解型MS患者では腸内細菌叢に異常が起こっていることを報告しました。その後世界中で再発寛解型MSの腸内細菌叢異常が確認されていますが、再発寛解型以外の病型のMSについては報告されていませんでした。
結果-MSの病態と腸内細菌の変化を解析
研究には、国立精神・神経医療研究センター病院に通院中の再発寛解型MS患者62名、二次進行型MS患者15名、非典型MS患者21名、視神経脊髄炎患者20名の糞便が用いられました。なお、処方薬が腸内細菌叢に影響を与えている可能性は否定されています。本研究結果より、以下のことが明らかになりました。
1)健常者 (日本人) と比較し、それぞれの病型のMSで増加/減少している菌種が明らかになりました。加えて、軽症群と重症群でそれぞれに関連する菌種も明らかになりました。
2-1)健常者と比較して再発寛解型MS患者で増加していた遺伝子が97個、減少していた遺伝子が117個見つかりました。これらの細菌の遺伝子群は、エネルギー代謝や炭水化物代謝、プロピオン酸や酪酸などの短鎖脂肪酸の合成に関連していることが明らかになりました。
2-2)二次進行型MS患者と再発寛解型MS患者の比較の結果、二次進行型MS患者で増加していた遺伝子が38個、減少していた遺伝子が14個見つかりました。これらの菌の遺伝子群は、腸内細菌のDNA修復機構に関わっていることが明らかになりました。
3)健常日本人8名、再発寛解型MS患者12名、二次進行型MS患者9名の糞便検体を用いて代謝物解析を行った結果、再発寛解型MS患者の糞便中ではプロピオン酸や酪酸などの短鎖脂肪酸濃度が低下していました。また、二次進行型MS患者では腸管内の酸化ストレスが上昇していることが示唆されました。
考察と展望-新たなMS治療薬の開発に期待
腸内細菌叢により産生される短鎖脂肪酸は、抗炎症性のT細胞の誘導や中枢神経系の髄鞘の再生促進などの機能が知られています。本研究で明らかになった、再発寛解型MS患者における腸内細菌叢の異常と短鎖脂肪酸の減少は、関連している可能性が示唆されました。また、二次進行型MS患者の腸管内での酸化ストレスの増加は、細菌のDNA損傷を促進し慢性炎症症状と関連している可能性が示唆されました。MSの病態と腸内細菌の関連性を示唆した本研究結果は、MSに対する新たな診断法や治療法の開発にも寄与すると考えられます。