重症筋無力症治療の最前線~患者QOLを重視した新たな治療戦略と新薬「ニポカリマブ」への期待~
Johnson & Johnson(ヤンセンファーマ株式会社)は11月12日、全身型重症筋無力症に関する記者説明会を開催。花巻共立会総合花巻病院神経内科部長の長根百合子先生と全国筋無力症友の会から渡部寿賀子さんが登壇しました。
重症筋無力症(Myasthenia Gravis:MG)は、特定の自己抗体によって神経筋接合部の伝達が阻害される、慢性的な自己免疫疾患です。近年、特に65歳以上の高齢発症者が増加傾向にあり、国内の推定患者数は2017年時点で3万人に達しています。
同説明会ではMGの基本的な病態、従来の治療における課題、そして患者さんのQOL(生活の質)を重視した新たな治療目標と、画期的な新薬「ニポカリマブ(製品名:アイマービー)」への期待について、医師の立場から長根先生、患者の立場から渡部さんがそれぞれ述べました。
MGの病態と特徴的な症状
MG患者さんの約8割では、運動神経終末から放出されるアセチルコリンを受け取る筋肉側のアセチルコリン受容体に対して自己抗体が作用し、神経と筋肉の間の情報伝達を妨げてしまいます。この伝達障害により、様々な症状が現れます。
最も頻繁に見られるのは、眼瞼下垂や複視といった眼筋症状です。これらの症状のみに留まる場合を眼筋型MG(oMG)と呼びます。その他の症状には、発話障害や嚥下障害などがあり、反復運動で症状が悪化し、休息で軽快する「易疲労性」、午前中は比較的調子が良く、午後から夕方にかけて症状が悪化する「日内変動」が特徴です。
全身の筋力低下が見られる場合は全身型MG(gMG)と呼ばれますが、症状が重度になると、呼吸筋の筋力低下により人工呼吸器が必要となる最重症状態、クリーゼに至る場合もあります。
従来の治療の課題と患者さんが抱える負担
従来の治療スタイルでは、ステロイドを少量から漸増し、維持量を経てゆっくりと減量するというプロセスが取られていましたが、症状が改善するまでに非常に長い期間を要し、症状再燃によりステロイド減量が頓挫してしまうことが大きな問題となっていました。
また、ステロイドの長期投与は、患者さんのQOL(生活の質)やメンタルヘルスを阻害する大きな要因であり、患者さんは身体的な障害だけでなく、社会的不利益による精神的な負担や、長期的な通院・医療費の負担も抱えていると、長根先生は述べました。

このような従来の課題を乗り越えるため、現在では患者さんのQOLを最大限に重視した治療目標が重要視されています。国内の臨床調査の結果に基づき、治療後の改善レベル(MGFAポストインターベンションステータス)が、完全寛解、薬理学的寛解、またはMM(ミニマルマニフェステーション)のレベルにあり、かつプレドニゾロン(ステロイド)の投与量が1日5mg以下であることが、良好なQOLを維持する推奨治療目標としてガイドラインで示されています。
新薬「ニポカリマブ」の登場
新たな治療戦略の選択肢として期待されているのが、FcRn(胎児性Fc受容体)阻害薬であるニポカリマブです。FcRnはIgG抗体のリサイクルに関わるタンパク質であり、ニポカリマブはIgGとFcRnの結合を競合的に阻害することで、IgGの分解を促進し、血中IgGを減少させます。
ニポカリマブの有効性は、国際共同第3相試験であるVivacity-MG3試験で評価され、プラセボ群と比較してMG重症度スコアの有意な改善が示されました。特に、ニポカリマブは、12歳以上18歳未満の若年層の全身型MGに対しても承認を獲得した初めてのFcRn阻害薬です。
試験結果では、ニポカリマブ群はすべての集団でMG-ADLスコアにおいて5点の改善が見られ、オープンラベル延長期間(48週)のデータでは、その改善レベルが安定して維持されました。さらに、最終観察時には約57%の患者さんでステロイドの減量が可能であったことも示されています。
現在、FcRn阻害薬は、ステロイドパルス療法や血漿浄化療法などの既存治療がうまくいかない難治例に対して使用されることが標準的な位置づけですが、将来的に医療コストが下がり、投与が容易になれば、より早期からの使用も期待すると、長根先生は述べました。
新薬に対する患者さんの期待と今後の課題
患者会から参加された渡部さんは、ニポカリマブについて、副作用の少ない薬であることや、これまでの薬で改善が見られなかった患者さんにとっての希望になりえることに期待を寄せました。

一方、ニポカリマブは現在のところ2週に一度の頻度で病院での点滴投与となるため、長根先生は、患者さんの社会生活における通院の負担を課題として指摘しました。
MG治療は、難治性MG患者さんのQOLの改善、そして早期の寛解達成を目指し、新たな局面を迎えつつあります。登壇した両名は、ニポカリマブのような新薬が症状に苦しむ患者さんに新たな希望をもたらし、社会参加を促す上で重要な役割を果たすことに期待を寄せました。
