胸腺において自己免疫機能を制御するタンパク質を特定
東京大学大学院医学系研究科らの研究チームは2020年6月30日、自己免疫疾患の発症に関わるT細胞を産生する胸腺において、免疫細胞が自身を攻撃するきっかけとなる因子としてクロマチン制御因子Chd4を特定したことを発表しました。外敵から自身の身体を守る免疫機能において重要な役割を持つT細胞は、胸腺という臓器で作られます。今回発見されたChd4によって、全身性エリテマトーデス(SLE)などの自己免疫疾患にも関わるとされる免疫細胞が制御を受けることが明らかになりました。
外敵と戦うT細胞が作られる仕組み
我々の身体は、病原体などの外敵を攻撃し身を守るための免疫機能を持っています。この免疫機能に関与しているT細胞は、外から侵入した外敵のみを見分ける機能があります。一方で、自分自身の細胞を攻撃しないという特徴もあり、この特徴は免疫寛容と呼ばれます。T細胞は、T細胞上にある受容体(TCR)によって抗原の種類を認識し免疫反応を起こします。TCRは胸腺という組織で作られますが、多種多様な抗原を識別するためにTCRを形作るための遺伝子の種類は1個人ごとに10の18乗(100京)ほどにもなると推定されています。これだけ多くの種類のTCRがランダムで作成されると、中には自分自身の細胞に対して反応し攻撃してしまうT細胞も作られてしまう危険があります。こうしたT細胞に対し胸腺髄質上皮細胞(mTEC)はフィルターの役割を果たし、自身の細胞に反応するT細胞を効率的に取り除く仕組みが備わっています。
背景-胸腺で免疫機能を制御するメカニズム
胸腺にあるmTECでは、全身のさまざまな組織で見られるタンパク質を胸腺内で発現させることにより、自分自身に反応するT細胞か否かを見分けています。このタンパク質を“末梢組織自己抗原”と呼びます。mTECにおける末梢組織自己抗原を制御するタンパク質としてAireとFezf2という2つの転写因子が知られています。しかしこれらの2つの因子を制御しているシステムについては不明な点が多く、自己免疫疾患の発症メカニズムは明らかになっていません。
自己免疫疾患の病態解明にも繋がる期待
研究グループは遺伝子改変技術を利用してAireとFezf2それぞれの遺伝子を欠損させた2種類のマウスを作成し、その遺伝子を比較することでAireが制御する遺伝子とFezf2が制御する遺伝子がそれぞれ異なっていることを確認しました。さらに、Fezf2が制御する遺伝子はmRNAの発現量を活性化させており、2つの転写因子はクロマチン修飾に与える影響が異なっていました。Fezf2と結合し遺伝子発現を制御する物質を免疫沈降-質量分析法と呼ばれる手法を用いて解析したところ、クロマチンリモデリング分子Chd4を同定しました。加えて、mTECにおいてChd4の遺伝子を欠損したマウスを解析し、Fezf2とChd4は協調的に末梢組織自己抗原遺伝子を発現制御していることを示しました。また、実際にChd4の遺伝子を欠損したマウスでは自己免疫疾患のような症状も確認されています。こうした一連の研究を通し、Chd4はAireとFezf2の2種の異なる転写制御因子に作用し様々なmTECの遺伝子発現を制御していることが明らかになりました。