まくせいじんしょう膜性腎症Membranous nephropathy
小児慢性疾患分類
- 疾患群2
- 慢性腎疾患
- 大分類1
- ネフローゼ症候群
- 細分類5
- 膜性腎症
病気・治療解説
概要
膜性腎症は,糸球体基底膜上皮下の免疫複合体沈着とこれに引き続いて起こる糸球体基底膜の反応性変化(びまん性肥厚,スパイク形成,点刻像)を特徴とする糸球体疾患である。糸球体基底膜への免疫複合体の沈着,補体活性化などの現象は炎症の中心的な役割を果たしていることから,WHO分類1では膜性糸球体腎炎(membranous glomerulonephritis)としている2。
成人では,ネフローゼ症候群の20~30%を占めるが,小児では発症頻度は少ない。膜性腎症は,特発性と膠原病,感染症,薬剤,悪性腫瘍などによる続発性に大別される(表)。
病因
腎臓の糸球体係蹄上皮細胞に存在する内因性抗原,あるいはそこに捕捉された抗原に対する抗体による免疫複合体免疫複合体の形成,上皮直下への顆粒状の沈着と,これに伴う一連の免疫の異常が主たる機序と想定されている。免疫複合体による補体活性化によりC5b-9複合体(membrane attack complex; MAC)が形成され,蛋白尿の出現に関与すると考えられている1, 3。糸球体基底膜上皮下に持ち込まれた(planted)外因性抗原あるいは糸球体上皮細胞上の内因性抗原にin situで免疫複合体を形成するという二つの機序が推測されているが,糸球体上皮細胞にある内因性抗原にautologousな抗体が反応して,糸球体基底膜上皮下にin situで免疫複合体を形成することが有力視されている1, 3。
最近,成人の特発性膜性腎症の70%では糸球体上皮細胞に発現するMタイプホスホリパーゼA2受容体が抗原となって,それに対する抗体IgG4と結合して,免疫複合体が形成されることが報告された4。
特発性膜性腎症ではIgG1, IgG4サブクラスが沈着し,IgG4が優位である。ループス腎炎ではIgG1, IgG2, IgG3, IgG4サブクラスが沈着するが,IgG1, IgG3が優位と報告されている。IgG4産生にはTh2リンパ球が関与し,Th2関連のサイトカインのupregulationが確認されている。しかし,膜性腎症では糸球体には炎症細胞の浸潤をみることが少なく,上記の免疫環境を直接,糸球体内で証明した報告はない。
症状
40~75%はネフローゼ症候群を発症し,16~38%は無症候性蛋白尿(一部には血尿を伴う)で発見される3。IgA腎症で見られるような肉眼的血尿は稀であり,高血圧も比較的に少ない。
診断
本症に特有の一般検査所見はなく、確定診断は腎組織検査による。
・腎生検所見
・光学顕微鏡所見
疾患の病期により異なるが、びまん性全節性の係蹄壁の肥厚を特徴とする。
PAM 染色では糸球体係蹄にスパイク形成を認めるが、初期では、微小変化の所見である。
また増殖性病変は通常認めない。
・免疫蛍光抗体法所見
糸球体係蹄壁に沿って IgG や C3 の顆粒状の沈着をびまん性に認める。
修原病や感染症などによる続発性膜性腎症では、IgA、IgM、C1q、C4 などが沈着することがある。
とくに C1q の沈着は続発性(とくにループス腎炎)の可能性を示唆する所見である。
IgGサブクラスは、特発性膜性腎症では、IgG1 と IgG4 が沈着し、IgG4 優位であることが報告されている。
・電子顕微鏡所見
糸球体基底膜の上皮下に高電子密度沈着物 (EDD) を認める。
疾患の進行とともに沈着物の性状と基底膜の肥厚の程度が変化し、4 つの病期に分類される(Ehrenreich-Churgの病期分類)。
Stage 1
係蹄壁の上皮下に小さな散在性の EDD を認め、基底膜の肥厚はない。
Stage 2
EDD が上皮下に多数認められ、スパイク形成が認められる。また基底膜の肥厚を認める。
Stage 3
EDD は基底膜内に陥入する。基底膜は肥厚し、電子密度の低下した沈着物 (ELD) も出現する。
Stage 4
ELD や沈着物の遣残物が肥厚した基底膜内に認められる。経過とともに基底膜肥厚は軽快する。
組織学的分類と臨床症状は必ずしも一致しないことが知られている。
また特発性膜性腎症では、糸球体基底膜上皮下以外に沈着物を認めることはまれであり、メサンギウムや内皮下に沈着物を認める場合は、続発性膜性腎症を疑う。
表. 続発性膜性腎症の原因
治療
成人に比較して,小児の膜性腎症の症例は少なく,治療法は確立していない。
無症候性の症例では,蛋白尿の減少効果や腎保護作用を期待してアンジオテンシン変換酵素阻害薬(angiotensin converting enzayme inhibitor; ACEI)あるいはアンジオテンシン受容体拮抗薬(angiotensin reseptor blocker; ARB)を使用する。ただし,小児の膜性腎症におけるこれらの薬剤の効果についてのエビデンスは乏しく,否定的な意見もある1,3。
ネフローゼ症候群を呈する症例にはステロイド治療が行われている1,3。投与方法は微小変化型ネフローゼ症候群に準じて行うが,有効性に関して不明である。また,膜性腎症では30%の症例に自然寛解が認められることから,ステロイド治療に反応したのかあるいは自然寛解なのか苦慮することがある。ステロイド治療に対する抵抗例あるいは副作用で治療が困難な症例にはシクロホスファミドあるいはシクロスポリンの使用を考慮する1, 3。
予後
小児期の膜性腎症の予後に関する報告は少ない。小児期の膜性腎症では成人に比較して,予後はよいとされている。無症候性で経過する症例はネフローゼ症候群の症例よりは予後がよい1。小児期の膜性腎症では自然寛解が30%に認められる3。最近の文献ではステロイドやシクロホスファミドの治療で約75%が寛解を維持し,10~28%に腎機能障害を認めたとの報告がある1,3。臨床的事項と予後との関係では発症時にネフローゼ症候群,年齢が10歳以上,高血圧があれば予後は悪いとの報告がある2,3。初診時の浮腫,蛋白尿,低アルブミン血症高コレステロール血症と予後には関係がないと報告されたものもある3。小児例で,病理像と予後の関係を評価した報告は少ない。標本中における糸球体硬化の頻度,間質の線維化の頻度は予後に関係する1,3。
成人期以降の注意点
慢性腎症は成人期のネフローゼ症候群の原因として最も頻度が高く、多くがステロイド抵抗性を示すことから免疫抑制薬を併用することが多い。長期のステロイド治療は、成人期の頻度の高い高血圧症や糖尿病などの副作用を合併、または既存の症状を増悪しやすく注意が必要である。
参考文献
Jefferson JA, Couser WG. Membranous nephropathy in the pediatric population. In Avner ED, et al. (Eds). Pediatric nephrology, 6thed, Philadelphia, Lippincott Williams & Wilkins, 601-619, 2009
Churg J, Bernstein J, Glassock RJ. eds. Renal Disease: Classification and Atlas of Glomerular Diseases. 2nd ed, Igaku-Shoin, 1995:67-83.
Menon S, Valentini RP. Membranous nephropathy in children: clinical presentation and therapeutic approach. Pediatr Nephrol 25:1419-28, 2010
Beck LH Jr, Bonegio RG, Lambeau G, et al. M-type phospholipase A2 receptor as target antigen in idiopathic membranous nephropathy. N Engl J Med 361:11-21, 2009
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