せんてんせいちゅうすうせいていかんきしょうこうぐん先天性中枢性低換気症候群congenital central hypoventilation syndrome; CCHS
小児慢性疾患分類
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- 大分類3
- 先天性中枢性低換気症候群
- 細分類3
- 先天性中枢性低換気症候群
病気・治療解説
概要
先天性中枢性低換気症候群(Congenital Central Hypoventilation Syndrome: CCHS)は、呼吸中枢の先天的な障害により、典型例では新生児期に発症し主に睡眠時に、重症例では覚醒時にも低換気をきたす疾患である。延髄にある呼吸中枢の化学性調節の異常があり、高二酸化炭素血症や低酸素血症に対して換気応答が生じないため低換気を呈すると考えられている。呼吸中枢の障害に対する有効な治療はないため、人工呼吸管理が必須であり、いかに低換気による低酸素血症、高二酸化炭素血症を防ぐかが管理の上で重要である。CCHSは1970年に初めて報告された比較的新しい疾患であり、また症例数が少ないために疾患の全体像については明らかになっていない点も多い。2003年にはCCHSの病因遺伝子として、自律神経の分化・誘導に重要な役割を果たしているPHOX2B遺伝子が特定された。この発見以降、CCHSの自律神経障害という側面にも注目が集まっている。また近年では、PHOX2Bの遺伝子変異型とCCHSの臨床症状には関連があることや新生児期以降に発症するlate onset型が存在することなど、現在も多くの研究が進行しており病態の解明が進んでいる。
病因
CCHSの病因は長く不明であったが、巨大結腸症、神経芽細胞種、そのほかの自律神経障害を合併し、さらに家族例が存在することから、自律神経系に関する遺伝子異常が考えられ、2003年にPHOX2B遺伝子異常が病因であることが明らかになった。PHOX2Bは染色体4p12に位置する、神経堤細胞の遊走など自律神経系の分化や発達において重要な役割を担っている遺伝子である。中枢神経では呼吸の化学的調節に関与する脳幹部のニューロンに、末梢神経では自律神経の神経節などに発現している。
PHOX2B変異の約90%はexon3にある20ポリアラニン鎖における5-13アラニンの伸長変異(polyalanine repeat expansion mutation: PARM)であり、伸長変異数によって25PARM(正常の20ポリアラニン鎖に5アラニンの伸長変異が加わったもの)から33PARMに分類されている。残り約10%はミスセンス、ナンセンス、フレームシフト変異などの非アラニン伸長変異(Non PARM)を認める。CCHSのほとんどはde novo変異であるが、一部はモザイクの親または軽症例の親からの遺伝例があり常染色体優性遺伝の形式をとる。また、遺伝子変異のタイプが臨床症状に関連していることが明らかとなっており、PARMが大きいほど臨床的に低換気が重症であることや一部の合併症の発現率が高いことがわかっている。
疫学
正確な症例数、発症頻度は明らかになっていない。2009年の欧米6か国、日本を含むアジア3か国、南米1か国の調査では約1000例という報告がある。国内では、2006年の全国調査では37症例、2011年時点に国内でPHOX2B遺伝子変異検索によって診断されているのが51症例となっている。発生率は欧米の報告では、5-20万人にひとりとされている。しかし、CCHSの病態の重症さ、複雑さから症例数、発生頻度ともに過小評価されていると考えられている
臨床症状
CCHSによる低換気
ほとんどの症例が新生児期に発症する。出生時には第一啼泣があり呼吸を認めるがその後の呼吸が続かない、または生後数日以内に睡眠時の無呼吸発作を呈することが多い。典型例では、覚醒時は大脳などの上位中枢の呼吸調節があるために低換気にならず、睡眠時の延髄の化学調節がメインになっている時に低換気となる。特にNon-REM睡眠時に低換気は顕著となる。低換気時には、著明な高二酸化炭素血症、低酸素血症を呈するにも関わらず、呼吸数、一回換気量などは上昇しない。重症例では覚醒時にも低換気となる症例があり、27PARM以上の場合には常時低換気をおこす可能性がある。さらに、多くの症例は低換気となっても呼吸困難が生じないため、気が付かない間に低換気が繰り返されること、運動時や呼吸器感染時などに必要な酸素供給などが行われず低換気の増悪が起こることがある。適切な換気サポートを得られなければ低換気の蓄積により全身の臓器障害が進み、特に肺高血圧からの右心不全への進展は予後に関係する重要な因子である。成長発達障害、学業成績不振などを認める例も多く、これらも低換気の影響と考えられている。
また、上述のように病態の解明やPHOX2B遺伝子の発見によって、新生児期以降に発症するCCHSが存在することが明らかとなった。乳児期や幼児期に乳児突発性危急事態や重症感染症などを契機にCCHSを発症する、late-onset CCHS(LO-CCHS)と呼ばれる型が存在する。LO-CCHSの遺伝子異常は比較的軽症である25PARMや一部Non PARMを認める。CCHSやLO-CCHSに限らず25PARMには呼吸器感染時などの身体的負荷があるときのみ低換気を呈する症例が存在する。
診断
原因不明の肺胞低換気を認めた際にはCCHSを疑い、以下の遺伝子学的、呼吸生理学的検査を行い確定診断する。また、CCHSの確定診断となった際には、合併症についても精査が必要である。CCHSの鑑別疾患としては、二次性に低換気を起こすものとして感染症、気道疾患、神経筋疾患、脳腫瘍、脳血管疾患、代謝性疾患、外傷、特発性視床下部機能不全、などがある。現在はPHOX2B遺伝子によって診断が容易となったが、確定診断にはこれらの疾患をルールアウトすることも重要である。
CCHSの診断
遺伝子学的診断
PHOX2B遺伝子変異は全血5ml程度の血液検査にて検査することができる。アメリカでは、まず確率の高いPARMの有無をスクリーニングし、その後に必要に応じてNon PARMの検索を行っている。CCHSが疑われた児が確定診断となった場合には、同胞や両親などのPHOX2B遺伝子検索を行う。遺伝性の有無、同胞や両親が25PARMなどのLO-CCHS型で今後発症する可能性があること、またはすでに発症しているが軽症型のため顕性化していない可能性などが明らかとなる。成人の閉塞性睡眠時無呼吸症候群と考えられていた症例が軽症のCCHSと判明したという報告もある。
呼吸生理学的診断
1. スリープスタディ
ポリソムノグラフィやパルスオキシメータによる経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)モニタリングなどがある。ポリソムノグラフィは睡夜間睡眠中に、SpO2、脈拍数、脳波、筋電図、気流モニタなどを監視し、睡眠時無呼吸の鑑別に行われる検査である。脈拍の上昇や呼吸努力を伴わないSpO2を認めるのが中枢性無呼吸の所見である。脳波により睡眠ステージごとの評価も可能であり、多くの情報をえることができる。しかし、CCHSにおいては低換気が生じるとSpO2が著明に低下し補助換気を要する症例も多いことや、小児では機器の装着をいやがることや装着によって睡眠が妨げられることもあることから、ポリソムノグラフィが適応とならない症例にはパルスオキシメータによるSpO2連続記録解析が行われる。
2. 炭酸ガス換気応答試験(Ventilatory response to CO2: VR CO2)
呼吸中枢の反応性を評価する検査であり、呼吸中枢の血中二酸化炭素濃度上昇に対して換気量を増加させる生理学的反応を利用している。閉鎖回路内で二酸化炭素を再呼吸させ体内に蓄積させた際に、どの程度換気量が増加するかを両者の相関係数により定量評価することができる。CCHSでは、正常新生児と比較してこの反応が極めて不良でることがわかっており、直接、さらに定量的に呼吸中枢を評価できるため、診断に有用と考えられている。また検査時間は睡眠時に10分程度であることや、再呼吸時に5%二酸化炭素と95%酸素を用いることでSpO2低下がおきにくいため、新生児や重症のCCHSにも実施可能である。
合併症の診断
それぞれの合併症に応じた診断を行う。頻度の高いものでは、巨大結腸症は直腸造影検査、肛門内圧検査、直腸粘膜吸引生検など、神経系の悪性腫瘍はCT、MRIなど、不整脈に関しては24時間以上のホルター心電図などを行うことが推奨されている。瞳孔所見などは眼科医の診察が必要となる。成長発達の評価においては、頭部MRIや発達検査などを行う。また、これまでCCHSは気道、肺などの呼吸器官には異常がないと考えられてきたが、気管軟化症などの気道病変の合併例報告があることから、CCHSの診断時とその後も必要時に呼吸機能、気管支鏡などを含めた呼吸器系の精査を行うことも重要である。
治療
CCHSの低換気は有効な治療法がなく、成長によっても改善しない永続性のものである。そのため、適切な呼吸管理により低換気の蓄積をできる限り避け、全身臓器への影響を最小限にすることが、児のquality of lifeや予後改善において最も重要である。
呼吸管理の基本方針
低換気の程度はPARMによりある程度は予想されるが、実際には各ステージでの呼吸状態の評価が必須である。Non REM睡眠、REM睡眠時はもちろんのこと、呼吸困難を感じにくいため覚醒時も、そして乳児期以降は運動時にも行う。SpO2、呼気二酸化炭素濃度(EtCO2)、呼吸数、換気量などのモニタリングを行い、どのステージで呼吸管理が必要か、どの程度までは低換気に耐えられるかなどを判断する。呼吸管理の方法には以下に示すように、気管切開、鼻マスク・フェイスマスクからの呼吸管理と横隔膜ペーシングによる呼吸管理に大別される。それぞれの特徴を把握して、児に最も適切な方法を選択する。呼吸管理方法の決定後には、保護者の教育、医療機器の準備、外泊練習などを経て、在宅人工呼吸管理が開始となる。
CCHSの在宅人工呼吸管理では、異常が自覚症状や身体所見に表れにくいことから、客観的な指標としてSpO2や呼気二酸化炭素濃度(EtCO2)等の在宅モニタリングを行うことが推奨される。理想的には、SpO2は95%以上、EtCO2は30-50mmHgであるが、アラーム設定では、SpO2は85%以下、EtCO2は55以上程度が在宅で管理する上では現実的である。現在、パルスオキシメータによる在宅モニタリングはインターネットを用いた遠隔在宅モニタリングにて医療機関でデータを受信し、評価する方法が始まっている。この方法では実際に在宅で行われている管理を客観的に評価することが可能となり、データにもとづいた呼吸管理のみならず、在宅医療への移行がスムースになり早期退院が可能となること、不要な外来受診や再入院率の減少も期待される。今後はEtCO2の在宅モニタリングを普及させることが目標となっている。
また、CCHS患者は新生児期に発症し小児期、青年期と成長をしていくため、経時的に評価しその都度、管理を調整していくことも重要である。成長の著しい乳幼児期には年に一回を目安に検査入院して、それまで行った検査について再評価を行う。成長により相対的に低換気が顕著になり、睡眠時に加え覚醒時にも呼吸管理が必要となることもある。合併症の精査も同時に行うべきであり、PARM、Non PARMごとの合併率を参考にして必要な検査を行う。
気管切開からの人工呼吸管理療法
最も確実に気道確保、呼吸管理が行える方法である。非侵襲的陽圧換気療法と比較して手術を要することや家族が医療行為を習得する必要性という点はあるが、適切な換気を保つことが最優先となるCCHSにおいては、第一選択となるべき方法である。気管切開があれば、精密な設定が行える人工呼吸器を使用することができる。また、睡眠毎に人工呼吸器の着脱を要する頻度の高さからも、着脱しやすい気管切開は他の方法と比べて優位である。American Thoracic Societyは神経発達にとって重要な幼児期までは気管切開管理を行うべきであると提言しており、国内でも気管切開と鼻マスク、フェイスマスクからの呼吸管理では、気管切開の方が神経学的予後の改善を認めたという報告がある。気管切開があっても発声は可能であり、通常の人工鼻でも発声できる症例もあるが、より自然に近い発声を得るためには一方向弁のついているスピーキングバルブを用いることが有用であり、幼児期の比較的早期から発声練習が可能となる。
鼻マスク、フェイスマスクからの非侵襲的陽圧換気療法
幼児期後半から学童期以降の睡眠時のみ呼吸管理を要するCCHSにおいて有効な呼吸管理法である。主に用いられるのはNPPVモードを行う呼吸器であるため、軽量で持ち運びしやすく、活動範囲の広がる時期に適している。しかし、CCHSは呼吸器感染時などにはより強力な呼吸管理が必要となるため気管挿管、人工呼吸管理となることもしばしばあることは注意すべき点である。上述のように、メリットであるその簡便性が乳幼児期にはデメリットとなり、この時期の呼吸管理としては推奨されない。鼻マスクなどは人工呼吸器装着の意義がわからない乳幼児ではかえって装着させるのが難しくなってしまうことや顔面骨の成長期に鼻マスクの装着を続けることで顔面変形をおこすリスクもある。
横隔膜ペーシングによる呼吸管理
気管切開や鼻マスクなどの呼吸管理とは異なり、横隔膜を体外から電気的に刺激して自発呼吸を生じさせる呼吸管理法である。携帯型のトランスミッターから横隔神経に埋め込まれた電極に信号が送られて横隔膜を収縮させている。トランスミッターの設定によって、呼吸回数や呼吸の大きさ(換気量)を調節できる最も小さく、軽いデバイスのため、覚醒時に呼吸管理が必要な症例ではよい適応となる。夜間睡眠時にも使用可能であり、症例によっては気管切開を閉鎖することができる。しかし、導入から数年間はより安全に換気を行うために、そして気管切開がない場合にはアデノイド肥大、舌根沈下、気管軟化症などの気道病変の合併例では横隔膜ペーシングの適応となりにくい、という点から気管切開管理との併用が望ましい。安静覚醒時などの通常の換気用と運動時や呼吸器感染時などのストレス時の換気用として複数の携帯型トランスミッターを用意し使い分けることで、重症なCCHSにおいてもQOLを保つことができるという利点もある。
以上から、横隔膜ペーシングはその有用性から欧米では使用患者が増えてきており、日本でも2019年9月から保険適応となった。2020年4月時点では、NeuRx®という横隔膜刺激装置が利用可能で、関連学会により適正使用指針が定められており、それを順守して導入することとなっている。
合併症
CHSは自律神経系異常が主病態とも考えることができ、低換気以外にも多くの自律神経異常による合併症を認める。巨大結腸症はNon PARMの約90%に合併し、PARMでは約20%に合併し、さらに27PARM以上に多い。神経堤細胞由来の神経芽細胞種などの神経腫瘍はNon PARMに多い。PARMでは29PARM以上の報告を認めるのみである。不整脈はPARMが大きいほど重症である。3秒以上の洞停止をきたす症例では突然死の可能性がある。その他には瞳孔対光反射消失などの眼球異常、食道蠕動異常、息止め発作、体温調節障害、発汗異常などの合併がある。
予後
疫学と同様に予後における正確な統計はないが、CCHSが発見された当初は病態も今以上に不明な点が多く、呼吸器感染、心不全、そして突然死等により高率な死亡率であった。前述の2006年全国調査では、37症例中22例(59%)が障害なく生存、8例(22%)が障害あり生存、7例(19%)が死亡となっている。しかし現在は、呼吸管理法の改善や在宅医療機器の進歩により、CCHS患者の生命予後やQOLは改善傾向にある。適切な管理を受けた患者は就学、就職など良好な社会生活を送る者も増加している。長期生存者が増加することは、病態の解明に寄与することにもつながっており、今後もさらなる予後の改善が期待される。
成人期以降の注意点
CCHS患者で成人期以降に到達しているデータの集積が少ないため、今後のデータ集積が期待される。
参考文献
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